Stockholm Syndrome【狂愛】
「知ってるんでしょ?私の元カレ」
「あぁ……まぁ」
「浮気されたり、愛想尽かされたりして。何が悪かったんだろって考えたりもしたけど、別れてもそこまで悲しくなかったの」
「沙奈は悪くないよ、きっと……」
「ううん、私が悪かった」
沙奈はそう言い切り、ベッドの上で手錠にはめられた両手を天井へと伸ばした。
細い指の影が沙奈の顔に落ち、隙間から差す光が薄い線を描いた。
「告白されたからって自惚れて相手のことを考えないで、気が向いたら一緒に遊ぶけど放ってばっかり。だから二人とも最初だけだった。私に好きって言ってくれたの」
……普段よりもいくらか明るい沙奈の声が、ひどく傷ついたもののように思えた。
僕ならそんなことはしない。
僕なら沙奈を悲しませたりなんてしない。
僕なら。
沙奈は腕を下ろして手のひらを握る。
「愛想尽かされてもしょうがないことばっかりしてた。だから、全部私が……」
「沙奈は何も悪くない。好きだって言ったくせに自分から離れていくなんて、嘘と同じじゃないか」
これ以上彼女の自虐を聞きたくなく、やるせない思いに駆られて沙奈の声を妨げた。
「そんなの、好きでもなんでもないよ。僕はどんな沙奈だって好きだ。沙奈を愛してる。
僕は……沙奈、だけなんだ」
沙奈の反応から逃れるためにうつむいて、湧き上がる悔しさに唇を噛みしめる。
無言こそが答えなんだろうか、と漠然と考えていたら、無意識に拳に力を込めていた自分を知った。