Stockholm Syndrome【狂愛】
食べたいものでもあるのだろうか。
それとも、何か見たい映画でもあるのだろうか。
……本が読みたいのだろうか。
それともまさか、ここから——。
「終わった?」
「え、あ……あぁ。終わったよ」
考えている間に僕は無意識に手を止めていて、左手には沙奈の髪の束が握られていた。
手に絡まる髪を床に落として、僕は短くなった彼女の髪に改めて視線を投げかける。
「……やっぱり、短い髪も似合うね」
「ありがとう」
淑やかなロングをばっさりと断髪した沙奈は、見慣れていないからか少し別人のように見えて、それでも十二分に可愛らしかった。
沙奈が動くたびに肩まで伸びた髪が揺れて、風に吹かれる小さな花みたいで。
口に含みたいほどの愛らしさに見惚れながら、さっき沙奈が口にした言葉をふと思い出す。
「それで、お願いってなに?」
——沙奈は動くのをやめ、赤いサテンに隠れた目を僕へと向けた。
「……沙奈?」
「……し、を」
「なんて?」
……どうしたんだろう。
沙奈は言葉を詰まらせて、手錠がかけられた手をしきりに組み直してうつむく。
床に散りばめられた髪が足にまとわりつくのを感じながら、手に持ったハサミの金属の冷たさに鳥肌が立つ感覚を覚えながら、僕は沙奈の声を待った。
なぜか、自分の鼓動の音が鼓膜にこだまする。
……沙奈は何を言うつもりなのだろう。
赤いサテンを目に焼き付けて想像する。
髪の次は服が欲しいのだろうか。
化粧をしたいのだろうか。
それとも歌を歌いたいのだろうか。
最近少し彼女の手が荒れているから、ハンドクリームでもあげるべきだろうか。
沙奈の声も、
沙奈の唇も、
沙奈の手足も、
沙奈の心も、
沙奈の言葉も、
沙奈の性格も、
全部好きだから僕は……。
……あれ?
ふと、純粋な疑問が片隅によぎった。
「あのね」
沙奈。
……沙奈。
——君の瞳は、何色だっただろう?
「目隠しを……手錠を、外して」