俺、男装少女だから。
悲しそうに下を見て話す立野。



半年くらい前に奥さんが交通事故にあった。
幸い目立った外傷もなく目が覚めればすぐに家へ帰れる容態だったようだ。
しかし、奥さんが目を覚ますことはなかった。


『はやく・・・早く目が覚めるといいですね。』



偽りのない俺の本心から出た言葉。



1度だけ立野が奥さんを連れてここに来たことがあった。



「そうだな。
また、ここへ連れてきたい。」



『はい、お待ちしております。』



空気を変えるようにフワリと笑うと立野も口角をあげた。



チリンチリン



『いらっしゃいませ。
すみません。立野さん、いつもの席へどうぞ。』



「いや、いいよ。
またあとで話そう。」



急いで先導しようとすると、立野は止めた。



『・・・すみません。
それでは後ほど注文を伺いに行きます。』



「あぁ頼むよ。」



立野が店の奥と向かうところを見届けて予約していた1組がいるであろう入口に向かう。
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