叶わぬ恋…それでもあなたを見ていたい
それから熱は、数日間私を苦しめてようやく自分の部屋に戻ることになった。
長い熱から解放された私は、まだふわふわした地に足の付かない変な気分が残ったまま、元の部屋に戻った。
もうずっと寝ていて、自分の足で歩いてなかったから、仕方ないかもしれない。
用意された車椅子に乗ることだけでも疲れた。
藤堂先生が言っていた、体力が落ちるってまさにこういうことなんだ、と実感してしまった。
山田さんに部屋に連れて行かれると、そこには藤堂先生と田中先生が待ち構えていた。
あ。
同室の子とトラブってたことを、忘れてた……。
なるべくそちらを見ないようにして、ベッドに戻る。何も喋らなくてもいいように。
『美咲ちゃん、おかえり。そして少しいいかな…?』
ほら来た……。
田中先生が声をかけてくる。
「……はい。」
ベッドに座ったところに、山田さんが背中を支えてくれた。
そして強く握りしめた私の手に気づいたのか、私の拳を優しく包み込んでくれると、一気に緊張がほぐれた。
『あの……。』
声のする方を見ると、泣きそうな顔で私のベッドに近づいてくるのは、同室の女の子。
そばには来なかったけど、立ったままこちらを見て、何か言いたそうだ。
『エリカちゃん…。』
田中先生にエリカちゃんと呼ばれた彼女は、顔を上げて私の顔を見ると、一言…
『ごめんなさい…。』
そう言った。
別に構わらない…何を言われても。きっと彼女に言われなかったら、先生たちやパパにどう思われてるかも、わからなかったから。
だから、別にあんなこと……
『別に…謝ることじゃないから。』
そう言うだけで精一杯だった。
なんて言ったらいいか、わからないし。私の非を教えてくれてありがと、とでも言ったら良かったのかな…?
それとも…先生二人、山田さんのいる中のこの状況で、すんなり『いいよ、気にしてないから。あなたも、気にしないで。』なんて気の利いた言葉でも……?
二人で沈黙し合っていると、田中先生が
『もう酷いことは、言わないようにね。』
そう優しく言うと、彼女は頷いた。
そしてベッドに戻らせて、田中先生は彼女をベッドまで付き添った。
いつもなら私のそばにいる田中先生だけど、今回は彼女についていく。その姿を見て不思議な気分になった。
たぶん、彼女を気遣ってだと思う。なぜ彼女が私に酷いことを言ったのか、その説明は熱が下がってから聞いた。
だから彼女を気遣って向こうに行ったんだろう。
まぁ、いいや。
私はベッドに横になって、久しぶりの天井を眺めた。
『おい。俺がいること忘れるなよ。』
ひょいっと顔を出した藤堂先生に、一瞬驚いた。
『戻ってきて早々だけど、三日後に一時帰宅するぞ。』
今度はもっと、驚く。
「まだその話、続いてたんだ…。」
『あぁ。ゆっくりしてこい。4日間泊まれる。お父さんは了承済みだから。
何かあったらすぐに連絡すること。
ほら、これ』
渡された紙には藤堂先生と田中先生の電話番号がある。
仕事の時に持っている電話の番号だろう。
『病院にかけても俺たちにはつながらないから、直接かけてこい。
それから美咲の番号を教えて。』
私の番号…?
私、番号を暗記してない。
「携帯…今充電なくて、立ち上げれない。」
『番号覚えてないのか?』
「うん、別に誰かに教えることなんて滅多にないから…。」
高校でも教えた子は数人だったから、番号は暗記するほどでもなかったし。
『そしたら、ありさから番号聞くから、一時帰宅してから携帯に私たちの連絡先を登録しておいてね。』
そう言って会話に入ってきたのは、彼女のところから戻ってきた田中先生。
私はとりあえず頷いた。
『食事が摂れなかったり、排便できなかったり、胃腸の調子がおかしかったらすぐに連絡するんだぞ。』
ズボラな私には、家に帰ったらそんなマメなことができないかもしれないと思い、返事するのはやめておいた。
『美咲、胃腸に負担をかけるようなことがあれば、退院が延びてしまうからな。
だから、必ず連絡するか、お父さんに伝えること。いい?分かった?』
私の態度に不安を覚えただろう藤堂先生は、さらに念押ししてきた。
「……うん。」
気の進まない言葉で、一応返事をしておいた。