叶わぬ恋…それでもあなたを見ていたい

『はい、ここへ』





真っ白いシーツの敷かれたベッドを、ドンドン叩いて横になれと促す藤堂先生。





毎度のことだけど、いつもの病室のベッドと違うことに不安がやってくる。




『はい、はい。早くっ。』





そんなに急かさなくても、乗りますから…。





そんな目で藤堂先生を見ながら、スリッパを脱いで、横になった。





今日はいつもの検査室にいる看護師さんが、いなかった。






私と藤堂先生の二人だけ……。






二人……?






二人だけ……。







ん!?






なぜか二人きりになったこの状況に、改めて緊張する。






いつものようにパジャマの真ん中のボタンから下まで開ける。






そしてこの後、いつもの看護師さんが、腰から下にバスタオルを掛けてくれるけど、今日はいないのでそのまま…。






ジェルを塗りたぐる藤堂先生を見ないように天井を見つめる。






『いくぞー。』





ぶっきらぼうに声を掛けられ、






「冷たっ!」






と毎度ながらエコーのジェルの冷たさに小さく悲鳴を上げる。






『悪い悪い……。』







本当に悪いと思ってないだろうと思えるような淡白な返し。





「クシュン!」






とくしゃみを出すと、私の脚に何も掛けてないことに気づき、藤堂先生が立ち上がる。






先生と反対側の私の顔のそばにあったバスタオルに手を伸ばして取ろうとした時、






藤堂先生の顔が私の顔のそばにまで近づいた。





ドキっ!






色黒に男らしいはっきりとした目つき、筋の通った鼻。






整った顔が通り過ぎる時、なぜか私の胸がざわついた。





そしてギロリと私の目を見てくる藤堂先生。





『ん?どした?』





とバスタオルを広げ、脚にかけてくれる。






「い、いや、別に……。」






目を背けると、顔が熱くなっていることが分かる。





きっと真っ赤だ……。






『俺に惚れたか……?』





ふざけているのか、本気なのか分からないような落ち着いた言い方に、






「えっ、




……い、いや。別に。」





変な間を空けてしまい、さっきと同じ言葉しか出てこない。






『……ぁ……はは、図星だなぁ。』





なんて言いながらも、同じように一瞬間を空けて返事がくる。






『この〜』






と言いながら私の頭をクシャクシャに撫でる。





その一瞬の間と普段やることのないソフトなタッチに、




え?




と藤堂先生の顔を見る。





しかし藤堂先生は何もなかったかのように、エコーをまんべんなくお腹に当て、画面を見つめている。






一人心の中が騒がしく、落ち着かないでいた。






今までに感じたことのない緊張に、意識したことのなかった相手を、少しずつ意識し始めていた。






チラッと藤堂先生を見れば、全くこちらを見る気配もない。






『よし、今のところ大丈夫だろうな。』






そう言いながら片付けを進める。






いつも看護師さんが拭いてくれるジェルは、この後どうなるのか…。






天井を見つめたまま、どうしようかと考える。






そんな考えをよそに突然、温かい濡れた紙で拭かれ、






「ゃんっ……」







と妙な声を出してしまった。






お腹を見ればサッサとジェルを拭き取る藤堂先生。






「えっ?何それ。」





今まで拭いてもらったことのない紙に、どこから出したのだろうと疑問に思う。





『あぁ、これ?





子供とか老人とか、肌の敏感な人用。』






「えっ!?何それ!?






今までやってもらったことない!」





『子供・・・・・・?』





「いやっ!違う。敏感肌・・・」





だと思う・・・・・・。




『そんなことないだろ!




今まで堅い紙で拭いてたんだから。』




そうだけど・・・。




「でも、あったかいので拭いてくれた。」





グフフとつい心の中の喜びが口から漏れていた。




『グフフって・・・。



ホント、いつも変な笑い方するよな。




あんまり笑わないけど。』




呆れたような声で返される。




「変じゃないですから。




笑ってない訳ではないけど。」






『ないけど・・・・・・?』





なんだか会話が違う方向に流れてる・・・・・・。





「・・・・別にそんなこと、どうでもいいじゃないですかっ。」





『そんなことはない。





そんなことは・・・』





また一瞬間が空いた。





『美咲は俺の担当患者だしなっ。




病気を治すことを前向きに捉えてもらわないと。




それに、余分なことを考えて、それが治療の妨げになっているならそれは良くないよな?』




・・・・・・う、図星。




いつものように、だんだんと窮地に追いやられていく。




『とりあえず、早く服を直さないと、風邪が悪化するぞ。』




え?悪化?




と見上げると、




『とりあえず部屋に戻って、まずは体温計って、足の裏を消毒してから、点滴だな。』





「え!?」




何をおっしゃっているのですか・・・?点滴?




『ほら、顔がずっと真っ赤だぞ。それに腹の体温だけでも、38度は超えてるんじゃないか?』




そう言われ、顔を触ると・・・・




確かに熱い・・・




『昨日、帰ってきたときにすでに顔色が悪かったからな。




だけど、そのまま病院っていうのも可哀想だからと田中先生が感じて、一晩家で過ごさせたんだぞ。』





そうだったんだ。昨夜から……。





「全然気づかなかった。」






『もう少し自覚をもってくれ。』





また追い詰められる。




これ以上居場所を失う前に、




「じゃあ、早く部屋に戻りマース。」




そう言って、体を起こして服を整えると、まだ片付けしていた藤堂先生を残して、一人先に検査室を出た。




待て!と聞こえたけど、逃げるが勝ち・・・。





< 136 / 170 >

この作品をシェア

pagetop