叶わぬ恋…それでもあなたを見ていたい

『敬人(たかひと)さん、仕事は大丈夫でしたか?』




田中が出張帰りの美咲の父、橋田敬人に尋ねる。




『えぇ、先日電話をもらってからすぐに帰ろうかと思ったんですけど、すぐ登(のぼる)さんから連絡があって、美咲の容態がよくなったと聞いて、最後まで仕事をやってから来ました。』




『そうですか。うちには家内が家にいますので、美咲ちゃんの入院の着替えなんかで困ったら、いつでも言ってくださいね。』





『もう、昔からいろいろ助けてもらって、本当に感謝してます。
今回も奥さんにまで迷惑かけてしまって、すいません。』





敬人が深々と頭を下げる。




そして再び口を開く。





『それで、うちの子の状態はどうなんでしょうか?』





治療方針についてや、入退院時の病状は把握しているが、ここ最近は入院時も仕事が忙しく、こうやって話を聞けずにいた。





ちょうどその時、会議室のドアが開くと、藤堂が一礼して入ってきた。





『ちょうど良かった。主治医から話してもらった方が詳しくお話できるので、呼びました。』





田中が説明する。
美咲の父が立ち上がり、藤堂に一礼をする。





『この度は娘が大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。』





『いえいえ、そんな気にしないでくださいよ。と言っても僕はちょうど別の子を対応していたので田中先生に任せっきりで。





それではお話しますので、座ってください。』





そう言われ、椅子に腰を下ろした。





『この資料をご覧ください。』




そう言い、レントゲン写真や胃カメラの写真、検査結果の数値の書かれた表を見る。





美咲の父は医療に関して無知であるが、長年娘の病気を説明されているだけあり、その数値を見て今までと何ら変わりないことを読み取った。





『前回緊急手術をした際に腸の壊死した部分を切除してから、状態は変わらず、腸本来の持つ吸収力はそのままで、強くなっていません。
また胃も同様、現状のままです。



なので食事制限は変わらず行いたいと思っています。




今後、壊死する場所が広がったり、機能しなくなった場合には、早急に移植手術が必要となりますが、移植後に美咲ちゃんの体が新しい臓器を受け付けないということも考えて、自力で回復することが望ましいと思っています。




ここ最近の状態は、熱中症や脱水症状に陥ることで体力の低下は見られましたが、胃腸には負担はありません。




このまま食事制限と投薬により、胃腸の経過を見る必要があります。』






一度話を切って、美咲の父を見る。







『食事制限……ですか。』






美咲の父が、言いにくそうに口を開く。






『はい、食事制限は必要かと思います。お父さんはどのようにお考えですか?』






『そうですね……やはり、食事は普通のものを食べさせてやることはできないのでしょうか?




長年普通の食べ物は何も食べずに来て、高校に入ってもそのままで……。』




言いにくそうにする美咲の父だが、ここはどうしても譲れないと藤堂が口を開く。





『ご存知だと思いますが、今回の入院前と入院中に固形物を摂取していたので、下痢や腹痛になっていました。
そこまで胃腸の免疫は落ちていませんでしたが……これをまた続けてしまったら、胃腸に負担がいき、取り返しのつかないことになりかねません。





今回のことで、まだ固形物を口にするのは早いかと……。』






やっぱりか……と浮かない表情の美咲の父。





『実は……あの子は口に出して言いませんが、食事制限がかなりストレスになっていると思います。』





『それは……どういうことですか?』







田中が口を開いた。






『私の食事を用意してくれるんですが、固形物を目の当たりにして、食べられない自分が悔しいのか、作ってすぐに部屋に行ってしまうことがよくあります。




美咲が食事をとるときは、見られたくないのか、私が帰る前の早い時間か、休みの日も時間をズラして食べています。』





『それは、昔からですか?』





今度は藤堂先生。






『いえ、前回の退院からです……。
正直なところ、美咲がちゃんと食事をしてるのかさえも分かりません。





なんだか浮かない顔ですし、高校での友達との付き合いもあると思います。少しだけでもダメなのでしょうか?』





『そうですね……。』





田中と目を合わせる藤堂先生。





『そのストレスでなのかは分かりませんが、よく過呼吸にもなっています。
うちの看護師に話したそうなのですが、これは本人には言わないでください。




どうも、辛いことや心配になることを考えると過呼吸が出てくるそうです。




今回の入院から、ものすごく増えた気がします。』





驚いた顔の美咲の父。






『もしかしたら……家でも何度かあったのかもしれません……。





今回入院した後に、美咲の部屋を片付けに行ったら、やたらと紙袋が開いた状態で所々に置かれていて……。





何かプレゼントのようなものが入ってる訳でもないのに、同じ色の無地の紙袋があるなんて……過呼吸の時に使っていたのかも……しれません。』





『そうですか……。』







藤堂も田中も深刻な顔をして黙る。





『さっき美咲と話したのですが。


こんな状態で言うのも心苦しいのですが…。一度退院はできませんでしょうか?





なんだか思い詰めたような、そんな苦しそうな表情をしていました。




本当に家に帰りたいのではないかと思います。






今まで辛い入院生活に、嫌と言わず向きあってきた美咲です。どうか、退院させていただきたいです。』




美咲の父は頭を深く下げる。





『う〜ん……一度考えてみます。
ですが、固形物を食べるようにするには、入院中に少しずつ試す必要があるかと思います。




もし外泊という形でよろしかったら、外泊を数日して、家で過ごされても構いません。
しかし、固形物を口にするのは、病院で試してからにしてください。



食事制限について、もう一度考えさせてください。』





藤堂は美咲にそう言って、面談を切り上げた。





< 98 / 170 >

この作品をシェア

pagetop