恋を忘れたバレンタイン
 しばらく、目を逸らし黙っていた彼女が口を開いた。


「こんな事、よくある事でしょう? あなたも、大人なら分かるわよね?」


 だが、彼女から帰ってきた言葉は、あまりにも衝撃的な物だった。


「よくある事って? ただの成り行きにでもしろって事かよ?」


「そうよ…… それが、あなたの為よ…… 必ず、私が重くなる時がくるわ……」


 いったい彼女は、何を言っているんだ? 
 重いって…… 
 彼女にとって俺は、まだそれだけの力しか持たない奴だって事だ。


 俺は、自分の無力さを感じる。
 だけど、彼女を想う気持ちは何より強いものだ……


 俺は、思わず彼女の肩を掴んでいた。


「ちゃんと俺を見ろよ! あの時、俺を見たよな?」


 俺は、あの夜を思い出して欲しくて、彼女を見た。


「覚えていないわ……」


 どうして何も無かった事のように、忘れてしまえるんだ……


 俺は、無理矢理彼女の唇を奪おうとした。
 唇を重ねれば、思い出すと思ったから…… 
 俺の想いが届くと思ったから……


 だが、彼女は俺の胸を突き飛ばした。
 油断していた俺は、机に手を付いた。

 同時に、彼女がすっと背筋を伸ばしたのが分かった。


「ここは、ミーティングルームよ。私は、仕事の話に来たの。仕事の話ではないのなら帰るわ」


 彼女が俺に対して、ガードを張ってしまった。
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