恋を忘れたバレンタイン
「ちょっと、何が可笑しいのよ」

 私は、怒って言ったのだが…… 
 彼は、体温計を挟んだ私の腕を包むように後ろから手を伸ばした。


「そ、そんなに近づいたら、熱が高くなるでしょ?」


「どうして?」

 そんな何かを含んだような言葉に、体を離そうとすると、ピピピッとまた電子音がなった。
 彼が、私の脇に向かって手を伸ばしたので、慌てて体温計を引き抜いた。体温を確認すると、三十八度二分。体が少し楽な感じがするのは、きっと夕べはもっと高かったのだろう……


「うわ―高いな…… やっぱり、病院行ったほうがよさそうだな……」

 彼は、眉間に皺を寄せて言った。


「夕べより、すごく楽になっているから大丈夫。とにかく家に帰って支度するわ」

 口調ははっきりとするのに、すっと体が動かない。


「何言ってるんですか? 冷静に考えて下さい。この状態で出勤したら皆の足でまといになるだけです。それに、皆に風邪を移したらどうするんですか?」


「分かっているわよ。マスクするし、なんだったら別室でやるわ」


「会議だって言ったじゃないですか? 別室で一人で会議ですか?」

 冷ややかな声が返ってくる。


「うっ……」


「主任が電話しないのなら、俺が連絡しますよ」

 彼は、頭の上のスマホに手を伸ばした。


「わ、分かったわよ。自分で連絡するわよ。あなたが連絡なんかしたら、おかしな事になるでしょ!」

 私は、腕を伸ばしてベッドの下に置いてある自分の鞄の中からスマホを取り出した。
 スマホの画面に、部長の名を出した。
 朝の七時をまわったところだ。
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