恋を忘れたバレンタイン
「おお、浦木か。せっかく美人と二人で楽しんでいるのに邪魔するなよ」

 部長が眉間に皺をよせ笑って見た先を、私は見るのが怖かった。


 口に入れたはずのオムライスが、噛まれる事なく胃に流れて行った。


「部長が口説いていると思って助けに来たんですよ」

 彼の声に、無視するわけにもいかず、顔を向けた。
 出来る事なら、目を瞑ってしまいたい。

 彼は、皆に向ける愛想良い笑顔で私を見た。


「お疲れ様です」

 私も、いつもの笑顔向けた。

 そうよ、やれば出来る。
 だが、スプーンを握っている手が、汗で滲んでくるのが分かる。


 彼は、部長のとなりにすっと座った。


 当たり前だが、何も知らない部長は、彼と私が共通して係わっている製品の話を持ち出した。
 彼も、スムーズに話に乗っている。

 私だって、仕事の話となれば、ちゃんと言葉を返す事は出来る。


 でも、心臓は今にも飛び出す勢いで音を立てる。

 口に運ぶオムライスに、味があるのかさえも分からない。

 早く食べ終えて、逃げたい……


 私は、なるべく彼と目を合わせず、部長に目を向けて会話の中にいた。

 それなのに……
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