恋を忘れたバレンタイン
「ありがとうございます」

 そう言っている彼の目の奥は、私を睨んでいる気がする。


「それでは、お先に……」

 もう一度挨拶をして、この場を去ろうとした。


「主任、今日はお時間ありますか? スターティングメンバーの事でご相談したいのですが?」


「ごめんなさい…… 午後は、打ち合わせがあって何時に終わるか……」


「主任がご迷惑でなければ、打ち合わせの後で結構ですので。俺も、会議が重なっているので遅くなりますから……」


「そ、そうね…… でも、部長のご都合はどうかしら?」


「ああ、俺も構わんよ」


 ええ―っと、心の中で悲鳴を上げた。


 なんとか逃げる方法は無いものか?


「私の時間が取れなかたら、部長と二人でお願します。申し訳ないけど……」

 少し、すまなそうに頭を下げてみる。


「いいえ。主任、連絡先教えてもらえますか? 一応、時間と場所連絡させてもらうので……」


 ええっ!
 彼との連絡手段が無い事が、唯一自分を保てている気がしていたのに……


「ええ…… スマホ、デスクに置いてきちゃったので、後で伝えるわね」


「ああ、俺分かるから、浦木に伝えておくけどいいか?」

 部長の余計なひと言に、ドスンと全身が落とされた。

「ええ、勿論」

 笑顔が、引きつった。


 彼は、スマホを出し、部長と並んで何やら始めた。

 私は、黙ってその場を去ることにした。


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