恋を忘れたバレンタイン
「はい……」


「打ち合わせ終わりましたよね? 八番ルームまでお願いします」


 何か言い訳と思ったが、返事をする前に電話は切れてしまった。


 部長のデスクの方を見るが姿がない。部長も行っているのなら、あまり待たせるわけにもいかない。


 私は、重い腰を上げた。


 八番ルームなんて、一番端の人通りも少ない場所だ。まあ、小さい部屋で確保もしやすい。


 長い廊下を歩きながら考える。
 別にたいした事じゃない。
 男女の関係になって、朝目が覚めたら相手が居なくなっていたなんて、よく聞く話だ。
 まあ、私は今回が初めてだが……


 ただ、熱を出して迷惑かけておきながら逃げたのは、さすがに社会人として常識が無いかもしれない。
 そこは、きちんとお礼もして、お金も返さなければいけない。

 分かってる。
 それだけの事。

 彼にしてみても、一晩だけの成り行きの話だろう…… 
 目覚めて私が居なくて、ほっとしたかもしれない。


 そんな、都合の良い考えを巡らせ、八番ルームの前まで来てしまった。


 大きく息を吸い呼吸を整え、ドアをノックした。


「はい」

 中から、聞き覚えのある声がした。


 ドアノブに手をかけ、覚悟を決めドアを開けた。
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