恋を忘れたバレンタイン
「こんな事、よくある事でしょ? あなたも、大人なら分かるでしょ?」

 私は、彼を見ず、窓の外へと目を向けた。


「よくある事って? ただの成り行きにでもしろって事かよ?」


「そうよ…… それが、あなたの為よ…… 必ず、私が重くなる時がくるわ…」

 窓の外を見たまま答える。


 彼が近付いてくるのが分かり、一歩後ろに下がる。

 彼は、両手で私の肩を掴んだ。


「ちゃんと俺を見ろよ! あの時、俺を見たよな?」

 彼の切なそうな声が響く。



「覚えていないわ……」



 彼の手に、力が入り顔が近付いてきた。
 唇が重なったら負けてしまう、そんな気がした。
 
 私は、両手で彼の胸を付き飛ばした。

 彼がよろめき机に手を付いて、悲しそうな目を向ける。


 私は、大きく息をすって背筋を伸ばした。


「ここは、ミーティングルームよ。私は、仕事の話に来たの。仕事の話ではないのなら帰るわ」


 そう、これが私よ。
 これでいい…… 

 だけど、胸の奥が苦しくて今にも悲鳴を上げそうだ。


「そうかよ…… そうやって、またガードを張ればいい…… 本当は疲れて、助けって顔してんのに……」


 自分でも気付かない振りをしている事に触れられ、胸の中が大きくざわめく……
 これ以上触れられたくない……


「そんな事、あなたには関係ない……」


「そうだな…… でも、あなたが今までどんな奴と付き合ってきたかは知らないが、俺は、そいつらとは違う。あなたを、重いなんて思うほど俺は半端な気持ちじゃない。そんな、ちっぽけな男じゃない。あなたを支えられるくらいの力は身に着けたつもりだ」


「……」

 私は、彼から目を逸らしたまま、ドアへ向かう足音を聞いていた。


「あなたは、何も分かっていない……」

 彼は、言葉を残しバタンとドアを閉めた。




「分かっていないのは、あなたよ……」

 ぽろっと出た言葉と共に、涙がすーっと落ちた。
< 55 / 114 >

この作品をシェア

pagetop