恋を忘れたバレンタイン
 彼は、パソコンを睨みながら、ボールペンを片手でくるくると回している。


 私は両手を握り、この上ない勇気を振り絞った。


「その、ボールペン私にくれない?」


 彼のボールペンを回す手が止まった。

 そして、ゆっくりと私の方へ振り向いた。


 驚いたようにしばらく見ていたが、そっと、ボールペンを差し出してきた。

「どこにでもある安物ですよ」

 私も、手を伸ばす。ボールペンと共に彼の手が微かに触れた。


「このボールペン、本命チョコのお返しって事でいいわよね」

 自分でも呆れる。
 もっと、素直になれないものなのかと…… 
 本当に可愛くない……


 彼は、ぽかーんと半分口を開けて、私を見ていた。

 そして、我に返ったように立ち上がった。


「いいですよ。たくさんの本命チョコのお返しの中に入れて下さい」


「あら? 本命チョコは一つしか渡してないけど」

 私は、チラリと彼を見た。
 彼がどんな反応するのか正直怖い。


 彼の、顔が大きく緩んだ。


「主任、また熱出したんですか?」


「はあ? 熱なんてないわよ!」

 私は彼を睨む。


「熱があれば、家に連れて行けると思ったのに……」

 彼が、面白そうに私を見た。


 そんな言葉に、私は負けない。


「あら、熱が無ければ、家に行ってはいけないのかしら?」

 私は、伺うように彼を見上げた。


 彼は、ジロッと私を睨んだと同時に一歩近づいた。
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