恋を忘れたバレンタイン
 俺は、急いでスマホをポケットから出した。
 同じように、ポケットからスマホを出した部長が、ふっと笑って言った。

「お前、連絡先も知らんのか?」


「えっ? 当たり前ですよ……」


「お前ほどもてる男でも、浅島のような彼女には簡単には行かんみたいだな」

 部長が、お茶をすすりながら言った。


「はあ? な、何言ってるんですか……」


「だってお前、浅島の事ばかり睨んでたじゃないか? それでもて、先週、浅島抱えて帰っただろ?」


「うっ……」

 見られていたのか…… 
 返す言葉が無い。


「それでもって次の日、浅島は休むし、お前は遅刻。俺の立場で聞く事じゃないが、一緒だっただろ?」


「……」

 自分の顔が熱くなっていくのが分かる。
 そこまで、気付かれていたとは……


「だから、お大事にって、言っただろ?」


「あっ…… あの時……」

 そうか、理由も言わなかったのに、お大事にと言われて違和感があったんだ。


「やっと、お前にチャンスが来たと思って、喜んでたのに、まさか、連絡先知らんとは。思わず吹き出すところだったぞ」

 部長は、やれやれと言った表情で息を吐いた。



「はあっ……」


俺は、思わず大きなため息を吐いてしまった。



「彼女は、高嶺の花だからな…… なかなか、落ちないぞ……」


「分かっています……」

 俺は、画面に彼女の番号が移されたスマホを握った。


「俺は、夕方から外部で打ち合わせだ。浅島君と打ち合わせしてくれ。じゃあな」

 そう言って部長は立ち上がった。



「えっ?」

 俺は、部長の顔を見た。

 部長は、何でもない事のようにさらっと行ってしまった。

 部長の背中に、俺は頭を下げた。

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