恋を忘れたバレンタイン
 「そ、それは……」

 彼女は俺から目を逸らした。
 逃げようとする彼女の気持に切なくなる。


「俺、あなたの連絡先も住んでいる所も分からないんです…… どれだけ心配したと思うんですか?」


「えっ?」

 彼女が驚いて俺を見た。
 どうして、驚くんだ。彼女の事が好きだから、俺は……
 心配するなんて当然の事だ……


「そんな事も、分からないんですか?」


 気付いて欲しい、そう思うのに……


「大丈夫だから、もう、心配はいらないわ。タクシー代と病院代返さないとね」

 そういって、彼女は財布を手にした。
 どうして、そうやって俺の心から逃げようとするんだ。


「そんなものが欲しくて言っているんじゃない……」

 俺は、苦しさのあまり声が上手く出ない。



「それじゃあ、どうしたらいいのかしら?」



 彼女は、いつもの気高い、凛々しさだけを残して言った。

 俺に見せた弱さも、艶やかな目も何も残さず……


「はあ? あんたはどうなんだよ? 俺は、あんたが居なくなっていて、めちゃくちゃ焦った。確かに、無理矢理だったかもしれない。でも、俺は、ずっとあなたを想っていた。やっと…… 俺を見てもらえるかと思ったのに…… やっと……」


「……」


 彼女は、黙ったまま俺を見ている。彼女の真意が俺には分からない。驚いているのか、呆れているのか、それとも、少しは彼女に届いたのか?



「俺は、本気だ。でなきゃ、いくら熱があったとしても、あなたを家になんて入れない。あなたの事で頭が一杯になったりしない。俺の気持は、受け入れてくれないのか?」

 俺は、精一杯の思いを彼女にぶつけた。
 
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