Chocoholic
Valentine=愛の立会人



バレンタインデーは嫌いだ。

だって。
ショコラティエの彼は、年明けから忙しい。

バレンタインデーに向けた新作の開発に力が入る。

クリスマスだって二カ月も前から帰りが遅くてなかなか逢えなかったのに。

正月の三が日はゆっくり過ごせたけど、お店が始まった四日からは、また逢えない事の方が多い……御年賀にお菓子を持って行く人もいるから、開けるんだって。

この町に彼、門脇健人の店がオープンしたのは、三つ前のバレンタインの頃。

欧州の有名店で修業して、更に大きな大会で賞を獲ったとかで既に有名人だった上に、なんと言ってもイケメンなのだ。

そんな人が作るチョコレートに、女が群がらないはずが無い。

私もその一人だった。

ううん、もちろん最初はチョコレートに惚れた。
残業で遅くならない限り、一つ手前の駅にある彼の店に寄る為に駅を降りてチョコを一つか二つ買って家まで歩いて帰る。

ほぼ毎日、だ。
私が会社が休みの日は、朝一で行ったりもする。

美味しくて、甘くて、ほろ苦くて、滑らかで、舌の上でほわっと溶けていくチョコレート。

上質なチョコレートは、私を癒してくれた。毎日ご褒美のようなチョコレートを夕飯がわりに食べていた。
一緒に住む両親に飽きれられたけど、それよりも美味しいチョコレートがくれる至福が優った。

毎日食べているうちに、そりゃ作っている人が気になり出す。

彼とは、殆ど毎日、お店で逢える。

店舗の奥が工房で、彼はそこで一心不乱にチョコレート菓子を製作している。その様子は壁に作られた腰高のはめ殺しの窓のお蔭でよく見る事ができた。

かっこいい顔をますます凛々しくさせて、テンパリングや飾りつけをしているのが、また格好良くて。

オープン直後の最初のバレンタインデーは、本当に『自分へのご褒美』で、ちょっと高いチョコレートを買った。

それからも私は毎日のようにチョコレートを買う。
定番のトリュフも好きだけど、毎月出る新作のチョコレートも好きだった。

安くはない、一個か二個だけ買って帰る。それが珍しいのか、私がガラス張りのドアの前に立つだけで、店員さんが微笑むまでになっていた。

開店から二度目である一昨年のバレンタインデーだった。

「いつも来てくれてるよね、ありがとう」

山ほどいる客の中から、私を見つけて声を掛けてくれた、応対してくれていた店員さんが交代してしまう。

「い、いえ……門脇さんが作るチョコレートが美味しすぎて……」

赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、ショーケースに食い入っている風にしながらモゴモゴと答えた。

「ありがとう」

嬉しそうな声が降ってきて、それをどんな顔で言っているのか見たくて顔を上げた。
まさに、太陽のように光り輝く笑顔があった。

「今日はまた、沢山選んでるね、贈り物? 恋人と一緒に食べるのかな?」

ええ!? 本気で聞いてるの!?
本当なら、贈りたい相手は目の前のあなたなんですけど、作った本人に贈るのはアリですか!?

「このチョコレートが、君の恋の手助けになるなら嬉しいな。そんなキラキラした笑顔して、相手の人が羨ましいよ」

そうよ、あなたのことを考えながら選んだもの、笑顔にもなるわ!
言ってもいいの? いつもより多く買っているのは、あなたを好きだというアピールだと。

「よかったら、特別なのを作ろうか?」
「──え!?」
「今まで食べた中で特に気にいった物とか、あるいはよそで食べておいしかったものとか。どうしても食べたいものってある?」

言われて今まで食べきたチョコレートの数々が脳裏に浮かんだ。



< 3 / 7 >

この作品をシェア

pagetop