Chocoholic
シンプルなトリュフはもちろん美味しかった。
グラノーラクラスターも美味しかったし、チョコクランチも美味しかった。
ドライフルーツも美味しかったな、ドライフルーツをお酒に漬けてから閉じ込めたものもあったっけ。
蜂蜜漬けのナッツが詰まったのも、美味しかったなあ……。
ヌガーもプラリネもボンボンも捨て難い。

「私が好きなのは──」

でも、どれもこれも。
あなたが作ったと思うから、美味しさが増していたような気がする。あなたの手が触れた物を、自分の口に運ぶのが、とてもいけないことをしているような気がして……。

「私が……好き、なのは」

あなたを、いつも思いながら食べていた。

「私が好きなのは──あなたです」

小さな小さな声は、お店の喧騒に掻き消されそうになっていた。

でも、彼には届いたようだ、一瞬感じた沈黙に、私は冷や汗をかく。
まずった、完全に失敗した、こんなバレンタインデー当日の戦争状態の店内で、ショコラティエに告白ってないわ。
彼も口を半分空けて惚けてる、どうしよう、聞こえてなかったパターンに賭けたい。

「あの……それでいいです、それください」

トレーに乗った8個のトリュフを指さしながら言った。

「あ……はい、一つの箱に入れていいのかな?」
「はい」
「少し待っててね」

彼がそれを丁寧に箱に入れていると、バイトの女の子が「やります」と声を掛けてきた、でも彼はそれを断って包んでくれている。
その間に、その女の子が会計をしてくれた、それが終わった頃、お店のロゴが入った小さな紙の手提げに入れられた商品を渡される。

「また来てね」

彼は最上の笑顔で言った。

「……はい」

そう答えたけど、もう来ない、来られない──中途半端な告白をしてしまった。本当に聞こえてなかったとしても、私はもう彼の顔を見る事は出来ないだろうと思えた。

家に帰って、部屋で彼が包んでくれたラッピングをそっと開いた。

破かないように。食べ終わったらまた包み直そうと思って。

いつも入っている商品の説明のカードとは別に、もう一つ、二つ折りになったカードを見つけた。

知っている、メッセージを付けたい人用に店で用意してある、有料のカードだ。

高鳴る鼓動を懸命に抑えた。

購入者である私は入れてと頼んではいない。
これを包んでくれたのは彼だ、と言う事は彼からのメッセージである可能性が高い。
でも、どうして?
お礼? いつも買いに来てくれてありがとうって?
あるいは、さっきも聞いた好みのチョコレートの催促?
まさか──私の告白の返事!?
でも、このまま別の誰かのところに行く可能性もあるのに、そんなもの入れないか……。

自問自答の答えが出せないまま、覚悟を決めてカードを開いた。

『ありがとう』

まず、そんな文字が目に入った。

『私もあなたが気になっていました、一度ゆっくり逢ってもらえませんか?』

本当に走り書きなんだろう、流れる様に書かれた文字は、でも下手ではない。内容も簡素だけど、あの時間では十分だろう。

翌日、お店に行って彼と逢って、二人きりになれる時間をもらって、互いの気持ちを確認し合った。

彼も毎日のように店に通う私を気にしてくれていたのだと言う。

バレンタインデー当日も他の店員に「邪魔だから奥に居て」と言われながら、私が来るのを待ってくれていたと。

嬉しかった。

バレンタインデーは、彼と私を結びつけてくれた、大切な日だった。
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