Chocoholic
*
と、その日も彼の店で買ったチョコレートをかじりながら家でぼんやりテレビを観ていたら、スマホが着信を知らせた。
メッセージが来た。
『今どこ?』
健人だ。
『家』
『出てこられる?』
まだ19時だ、夜の外出を咎められる年齢でもない。
『うん』
『お店で待ってる』
『なんで?』
送信したけれど、返信はなかった。
もう、何なのよっ。
私は自転車でお店に向かった。
まだ店内はお客が数人いた、
でも店に入って判った、ショーケースにはもうそれほど品数がない。
本来の閉店は18時だから、とっくになくてもいい時間ではあるけれど、例年なら書き入れ時の今日のこの時間にトレーがたった五つに、それぞれ数個の商品しかないなんて。
お客は多少の文句も言ったり、少ない中からどうしようと悩んでいたり、板チョコやクッキーなどの日持ちするものから選ぼうとしたりして悩んでいるようだった。
そもそも、当日のこんな時間に探しに来るのが間違いなのよ!と文句を言いたいのをひた隠して、私は店のドアを開けた。
ドアに付いたチャイムの音に、店員が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれる、その人が工房を振り向いた時には、私は中にいる健人と目が合っていた。
笑顔で手を振ってくれる、ふん、嬉しくないんだから。
カフェコーナーを指さしながら、唇の動きだけで話す。
『座って待ってて』
さすがにこの時間のカフェコーナーはもう閉店だ、キッチンの照明は完全に落とされ、テーブルがあるフロアも間引いて点いていて薄暗い。
私は一番手前のテーブルの椅子に、ショーケースを背にするように座った。
溜息が出る。
(何してるの、私)
情けなくなる、逢ってもくれない恋人に呼び出されて、暗くなった店内で待たされるって。
道中は寒かった、店内も、暖房は効いてるのに足元は冷えるな。
涙が込み上げてきた。
(もう、終わりにしようかな)
毎年こんな気持ちになるのは、ちょっと辛い。
来年になれば、独占したい気持ちは薄れて、もっと優しい気持ちになれる?ううん多分無理、チョコレートが恋人のような彼に耐えきれない。
(別れを切り出そう、ちゃんと、伝えよう)
テーブルの上に重ねた手を見つめた、手袋をしてきたとは言え冷え切っている。
今の私達みたいだ。
私は彼のそばにいたい、彼はチョコレートと向き合いたい。そんな彼と居るのは、もう無理だ。
今度付き合うなら、普通のサラリーマンにしよ……。
と、溜息が出た時。
「お待たせ」
声とともに、目の前に赤い薔薇の花束が現れた。
「──えっ!?」
その持ち主を見上げると、笑顔の健人が居た。
「バレンタインのプレゼント」
にっ、と歯を見せて笑った。
「え、バレンタイン……って」
私は何も用意してないのに……。
「外国じゃ女性からばかりじゃないし、恋人や夫婦が愛を確かめ合う日だったりするからね。終わったら埋め合わせするつもりだったけど、毎日捨てられた子犬みたいな目してチョコレート選ばれてたらさ、さすがに可哀想になるじゃない」
す、捨てられた子犬……!?
「買いに来なくたって届けてあげるのにさ。足繁く通われたら、美菜子が可哀想過ぎるって、みんなにも怒られてさ」
視界のはたに見える店員のみんなが頷いていた。
「今日も買いに来たら、これを渡そうと思ってたのに、美菜子、さっさと帰っちゃったし。呼び出してごめんな、まだ片付け残ってるから、あんま遅くなっても悪いと思って」
私は慌てて首を左右に振った、薔薇の甘い香りが鼻腔を刺激する。
「ありがと……凄く嬉しい……」
馬鹿だ。さっきまでの決意は、蒸発したように消えていた。
「美菜子」
その場に膝をついてしゃがみこんだ健人が私を見上げて呼んだ。
と、その日も彼の店で買ったチョコレートをかじりながら家でぼんやりテレビを観ていたら、スマホが着信を知らせた。
メッセージが来た。
『今どこ?』
健人だ。
『家』
『出てこられる?』
まだ19時だ、夜の外出を咎められる年齢でもない。
『うん』
『お店で待ってる』
『なんで?』
送信したけれど、返信はなかった。
もう、何なのよっ。
私は自転車でお店に向かった。
まだ店内はお客が数人いた、
でも店に入って判った、ショーケースにはもうそれほど品数がない。
本来の閉店は18時だから、とっくになくてもいい時間ではあるけれど、例年なら書き入れ時の今日のこの時間にトレーがたった五つに、それぞれ数個の商品しかないなんて。
お客は多少の文句も言ったり、少ない中からどうしようと悩んでいたり、板チョコやクッキーなどの日持ちするものから選ぼうとしたりして悩んでいるようだった。
そもそも、当日のこんな時間に探しに来るのが間違いなのよ!と文句を言いたいのをひた隠して、私は店のドアを開けた。
ドアに付いたチャイムの音に、店員が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれる、その人が工房を振り向いた時には、私は中にいる健人と目が合っていた。
笑顔で手を振ってくれる、ふん、嬉しくないんだから。
カフェコーナーを指さしながら、唇の動きだけで話す。
『座って待ってて』
さすがにこの時間のカフェコーナーはもう閉店だ、キッチンの照明は完全に落とされ、テーブルがあるフロアも間引いて点いていて薄暗い。
私は一番手前のテーブルの椅子に、ショーケースを背にするように座った。
溜息が出る。
(何してるの、私)
情けなくなる、逢ってもくれない恋人に呼び出されて、暗くなった店内で待たされるって。
道中は寒かった、店内も、暖房は効いてるのに足元は冷えるな。
涙が込み上げてきた。
(もう、終わりにしようかな)
毎年こんな気持ちになるのは、ちょっと辛い。
来年になれば、独占したい気持ちは薄れて、もっと優しい気持ちになれる?ううん多分無理、チョコレートが恋人のような彼に耐えきれない。
(別れを切り出そう、ちゃんと、伝えよう)
テーブルの上に重ねた手を見つめた、手袋をしてきたとは言え冷え切っている。
今の私達みたいだ。
私は彼のそばにいたい、彼はチョコレートと向き合いたい。そんな彼と居るのは、もう無理だ。
今度付き合うなら、普通のサラリーマンにしよ……。
と、溜息が出た時。
「お待たせ」
声とともに、目の前に赤い薔薇の花束が現れた。
「──えっ!?」
その持ち主を見上げると、笑顔の健人が居た。
「バレンタインのプレゼント」
にっ、と歯を見せて笑った。
「え、バレンタイン……って」
私は何も用意してないのに……。
「外国じゃ女性からばかりじゃないし、恋人や夫婦が愛を確かめ合う日だったりするからね。終わったら埋め合わせするつもりだったけど、毎日捨てられた子犬みたいな目してチョコレート選ばれてたらさ、さすがに可哀想になるじゃない」
す、捨てられた子犬……!?
「買いに来なくたって届けてあげるのにさ。足繁く通われたら、美菜子が可哀想過ぎるって、みんなにも怒られてさ」
視界のはたに見える店員のみんなが頷いていた。
「今日も買いに来たら、これを渡そうと思ってたのに、美菜子、さっさと帰っちゃったし。呼び出してごめんな、まだ片付け残ってるから、あんま遅くなっても悪いと思って」
私は慌てて首を左右に振った、薔薇の甘い香りが鼻腔を刺激する。
「ありがと……凄く嬉しい……」
馬鹿だ。さっきまでの決意は、蒸発したように消えていた。
「美菜子」
その場に膝をついてしゃがみこんだ健人が私を見上げて呼んだ。