Chocoholic
「淋しい気持ちにさせてごめんな。ちょっと反省した。少し仕事の量減らすわ」
「え、そんな事、できるの……?」
健人の性格上、無理そうなんだけど。
不安がる私に、健人はにこっと微笑んだ。
「僕のとこに修行って名の元、来てくれたショコラティエ達がいる、彼等にも成長する機会は必要だし、開店から来てくれてるヤツは、もう十分任せてもいいと思えるレベルになった。そいつらに少し店は任せて、僕はもう少しお前に構おうと思う」
「けんちゃん……」
ああ、もう、泣きそう。
「僕、妥協しないからね。構うって言ったら構い倒すからね、覚悟しとけよ。もし嫌なんて言ったら、溶かしてチョコに混ぜて食べちゃうからな」
私は半泣きのまま微笑んだ。
「溶かして食べちゃうのは、十分ご褒美になっちゃうけどなあ……」
っていうか、そんな言葉で、私はもう溶かされてる。
健人は笑って私の髪を撫でてくれた。
「もうちょっと待てるなら、片付け終わるまで……」
「店長」
店員の男性が、顔を手で仰ぎながら声を掛けてくれた、ショーケースの前のお客さんも、にやけた口元を手で覆ってこちらを見てる──うん、全部丸見えの丸聞こえだよね。
「片付けなら俺達でやりますから。お二人の熱に、本当にチョコが溶けちゃいます、もうお帰りください」
「え、でも」
健人が異を唱えようとすると、工房と店舗を繋ぐドアが開いて、ショコラティエの一人が顔を出した。
「任せるって言ったよな? たった今言ったよな? 片付けも任せてもらえないのか、俺達は」
指さした指をブンブン振り回しながら言われて、健人は小さく息を吐いた。
「判ったよ、じゃあ頼んだ」
ショコラティエは「おうよ」と明るい返事をしてドアを閉めた、中に残る他のショコラティエ達に「やるぞー」と声を掛けているのが見えた。
「じゃあ、はい、これ」
レジ前から出てきた女性店員が、小さな紙製の手提げ袋を賢人に渡していた、健人は「ああ」とか言いながら受け取っている。
「店長特製のチョコレートケーキよ」
店員さんが私に教えてくれた。
「美菜子ちゃんと食べるんだって、何日も前から仕込んでて」
「余計な事言わな―い」
二人の店員さんも、さっきのショコラティエも、開店当初からのスタッフだからか、双方とも遠慮がない。
店員さんはクスクス笑いながら、レジの方へ戻っていく。
健人は乱暴にその袋を私に突き出した。
「着替えてくる、待ってて」
「うん」
工房とは別の、スタッフオンリーと書かれたドアへ向かう健人を見送って。
私は紙袋を膝に乗せて、その中でそっと箱を開けた。
お店では見たことのないサイズのケーキだった。
直径10センチほどの、艶やかなガナッシュでコーティングされたケーキは綺麗だった。
その表面を飾るのはチョコレートで作られた二輪の大小の薔薇、そしてホワイトチョコで文字が書かれていた。
『Happy Valentine、I love you forever.』
──ああ、本当に、溶けちゃうよ──。
たった一つのケーキを作る彼の姿を想像して、私の胸はきゅんとしてしまう。
大嫌いだったバレンタインデーが、また大好きになってしまった。
こんなサプライズは卑怯だ。
あなたを好きになってよかったと、単純にも思ってしまう。
来年は、私から何かしてあげようとの心に誓った、あなたにも特別なバレンタインデーになるように。
終
「え、そんな事、できるの……?」
健人の性格上、無理そうなんだけど。
不安がる私に、健人はにこっと微笑んだ。
「僕のとこに修行って名の元、来てくれたショコラティエ達がいる、彼等にも成長する機会は必要だし、開店から来てくれてるヤツは、もう十分任せてもいいと思えるレベルになった。そいつらに少し店は任せて、僕はもう少しお前に構おうと思う」
「けんちゃん……」
ああ、もう、泣きそう。
「僕、妥協しないからね。構うって言ったら構い倒すからね、覚悟しとけよ。もし嫌なんて言ったら、溶かしてチョコに混ぜて食べちゃうからな」
私は半泣きのまま微笑んだ。
「溶かして食べちゃうのは、十分ご褒美になっちゃうけどなあ……」
っていうか、そんな言葉で、私はもう溶かされてる。
健人は笑って私の髪を撫でてくれた。
「もうちょっと待てるなら、片付け終わるまで……」
「店長」
店員の男性が、顔を手で仰ぎながら声を掛けてくれた、ショーケースの前のお客さんも、にやけた口元を手で覆ってこちらを見てる──うん、全部丸見えの丸聞こえだよね。
「片付けなら俺達でやりますから。お二人の熱に、本当にチョコが溶けちゃいます、もうお帰りください」
「え、でも」
健人が異を唱えようとすると、工房と店舗を繋ぐドアが開いて、ショコラティエの一人が顔を出した。
「任せるって言ったよな? たった今言ったよな? 片付けも任せてもらえないのか、俺達は」
指さした指をブンブン振り回しながら言われて、健人は小さく息を吐いた。
「判ったよ、じゃあ頼んだ」
ショコラティエは「おうよ」と明るい返事をしてドアを閉めた、中に残る他のショコラティエ達に「やるぞー」と声を掛けているのが見えた。
「じゃあ、はい、これ」
レジ前から出てきた女性店員が、小さな紙製の手提げ袋を賢人に渡していた、健人は「ああ」とか言いながら受け取っている。
「店長特製のチョコレートケーキよ」
店員さんが私に教えてくれた。
「美菜子ちゃんと食べるんだって、何日も前から仕込んでて」
「余計な事言わな―い」
二人の店員さんも、さっきのショコラティエも、開店当初からのスタッフだからか、双方とも遠慮がない。
店員さんはクスクス笑いながら、レジの方へ戻っていく。
健人は乱暴にその袋を私に突き出した。
「着替えてくる、待ってて」
「うん」
工房とは別の、スタッフオンリーと書かれたドアへ向かう健人を見送って。
私は紙袋を膝に乗せて、その中でそっと箱を開けた。
お店では見たことのないサイズのケーキだった。
直径10センチほどの、艶やかなガナッシュでコーティングされたケーキは綺麗だった。
その表面を飾るのはチョコレートで作られた二輪の大小の薔薇、そしてホワイトチョコで文字が書かれていた。
『Happy Valentine、I love you forever.』
──ああ、本当に、溶けちゃうよ──。
たった一つのケーキを作る彼の姿を想像して、私の胸はきゅんとしてしまう。
大嫌いだったバレンタインデーが、また大好きになってしまった。
こんなサプライズは卑怯だ。
あなたを好きになってよかったと、単純にも思ってしまう。
来年は、私から何かしてあげようとの心に誓った、あなたにも特別なバレンタインデーになるように。
終