愛したい、愛されたい ─心を満たしてくれた君へ─
「そんなに肩とか出してたら冷えるよ。上着は着ておいた方がいいんじゃないか」

俺が上着を手に取って肩に掛けようとすると、吉野は俺の手を握ってそれを阻んだ。

「だったら三島くんがあっためてよ」

「…………え?」

突然何を言い出すんだ。

俺の体温で温めろと言ってるのか?

冬山で遭難したわけでもあるまいし、俺は夏のこの暑いときにそんなことをするつもりはない。

「なんの冗談?」

「冗談じゃなくて……三島くんは私にキスしたいとか触りたいとか思わないの?」

吉野は女の欲望をむき出しにした目で、俺の目をじっと見つめる。

「そんなことは考えないよ。俺も吉野も、今は大事なときだろ?」

俺がキッパリと言い切ると、吉野はうつむいて俺の手を強く握った。

「私は三島くんが好きだから、三島くんとならいつそうなってもいいって思ってるのに……」

好きだと言ってくれるのは嬉しい。

だけど俺はやっぱり吉野と体の関係を持ちたいとは思えないし、吉野が俺を誘う表情は、めかし込んで香水の匂いをさせながら俺に見向きもせず出掛けていく、女の顔をした母の姿を思い出させて、嫌悪感を覚えた。

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