恋愛零度。
*
放課後。
「ばいばーい」
「また明日ー」
クラスメイトたちが口々に言って、まちまちに教室を出ていく。
帰る支度をしていると、
「ばいばい、唯川さん!」
と部活用のスポーツバッグを肩にかけた三好さんが、ニコッと笑顔で言った。
「あ……うん、ばいばい」
おなじように笑ってみたつもりだけれど、つい口の端が引きつってしまって、やっぱりあんなふうに、うまく笑えなかった。
3階にある教室を出て、階段を下りていく。
中央の階段は、いつも踊り場に溜まっている集団が苦手で、私はいつも、端っこの、あまり使われていないほうの階段を使う。
踊り場の、背の高い場所についている小窓から、夕方になる前の淡い光が射していた。
その光のなかにーー
淡いオレンジ色の光に包まれるようにして、彼が立っていた。
ふわふわと柔らかそうに揺れる茶色の髪、光に透けそうな白い肌。
私は立ち止まり、その人を見つめた。
彼に会ったのは、これで3度目だった。
そのとき、なぜか私は、はっきりと確信した。
彼が、「桐生蒼」その人なのだと。