恋愛零度。
1.『好きです。』
10月に入って、気温がぐっと低くなった。毎日通る学校の前のイチョウ並木も、鮮やかな黄色に色づいている。
まだグラウンドから部活の声が聞こえるなか、私はひとり、いつもの帰り道を歩く。
その途中、すらりとした背の高いの男の子が立っていた。
私が彼に目を止めたのは、
「…………!」
彼が、泣いているように見えたからだ。
でもそれは一瞬のことで、彼は私と目があうと、はっとした表情ですぐに目を逸らしたから、もしかしたら、気のせいかもしれない。
学校の帰り道、ほんの一瞬の出来事。
私はなんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、早足でその場を立ち去った。
家に帰ると、制服を脱いで楽な服に着替えて、散歩に出かける。
「マロン、飛ばしすぎ」
私は坂道で少し荒くなった息を整えて、首輪と手を繋いでいたリードを離した。
ここなら、もう手を放しても大丈夫。
住宅街を抜けて、坂道を下っていくと、短い草がはえた川原がある。マロンのいつもの遊び場所だ。
砂利道も、草の中も、構わず駆け回り、夕焼け空の下で、気持ちよさそうに寝そべる。
人見知りのマロンは、人が多い場所に出ると途端に警戒モードに入ってしまうから、滅多に人のこないここは、遊ばせるのには最適な場所だった。
奏多と出会った日も、ここに来た。
川の水面が、夕日に照らされてきらきらと輝いている。覗き込むと、鏡のように私の顔を映しだす。ひんやりと冷たい風が、そっと頰をなでていく。
ここに来ると、昔の記憶がそっと風波をたてるように蘇る。
目一杯遊びまわって疲れたマロンが、満足げな顔をして戻ってくる。
「帰ろっか」
私はよしよし、と毛並みの短い栗色の頭を撫でて、立ち上がった。