恋愛零度。
病院の窓からは、大きなイチョウ並木が見えた。夕方になると、その辺り一帯が夕焼け色に輝いて、光に包まれているように見えた。
『春から、あの高校に行くんだ』
と奏多は言った。
『好きな子とあの道を歩けたらいいよな』
『好きな子って、どーせ真白だろ』
『まあね』
『そういうことは、まず付き合ってからだろ』
『初恋もまだの奴に言われたくないなあ』
『そのうちできるんだよっ!』
『まあ、その前にまず退院しないと、受験もできないんだけどな』
受かってほしい、と思った。自分の病気はいつになったら治るのか、手術が成功するのかどうか、まるでわからないけど、
奏多の病気はそんなに重くないから。
だから、受かって、やりたいこと全部、やってほしい。
それから、奏多は1ヶ月ほどで退院したけれど、定期検査などがあって、たびたび病院で会った。
そして、冬。
奏多は、2度目の入院をした。
『蒼、写真、撮らせてくれないか?』
奏多がデジカメを持ちだして、いきなりそんなことを言った。
『は?なんで?』
『いいからいいから。ここ立って』
押し切られて、1枚撮った。
そのカメラを眺めながら、奏多は寂しそうにつぶやいた。
『僕、あの高校、行けないみたいなんだ』
その言葉に、なにも言えなかった。
受験前の入院。当然、受験はできないだろうとは思っていた。
『じゃあ、また来年ーー』
違うんだ、と奏多は苦しそうな表情で言った。
『引っ越すことになったんだ』
『えっ、どこに?』
奏多が口にした地名は、行ったことも聞いたこともない、遠い場所だった。