恋愛零度。
「ね、ねえ、どこに行くの……っ?」
「うーん、いいところ」
「いいところ……?」
「あっ、もしかして予定あったりした?」
「予定は……」
私の予定は、いつもはっきり決まっている。基本的に、毎日変わることがない。
家に帰って、マロンの散歩をして、宿題と予習をやって、ご飯を食べてお風呂に入って……
そのときふと、お母さんからのメールを思い出した。
『今日は仕事が忙しくて遅くなりそうです。夕飯の支度よろしくね。』
ある、と言いかけた言葉を、呑み込んだ。
「ちょっとだけなら……」
「よし。大丈夫、すぐそこだから」
ーーこの日、私は、3年間欠かしたことのなかった日課を、初めて破った。
いつもと違うことをするのは、ほんの少しの寄り道だって、私には勇気がいることだったけれど。
一歩、思いきって踏み出してみたら、それは案外、怖いことなんかじゃなくて。
夕方の空は晴れていて、細かな秋の雲がまばらに散っていて、雲の隙間から落ちてくる光が、桐生くんの背中をまぶしく照らしていた。
その光につつまれた君の背中を見ながら、私は、胸の奥の鼓動が、とくん、とくん、と小さく鳴るのを、感じていた。