恋愛零度。
「……うん、ありがとう」
桐生くんは手の甲で涙を拭って、小さく言った。
そして、並木の向こうをすっと指差した。
「あそこ、坂の上に病院があるの知ってる?」
「うん、知ってるけど……?」
坂の上に建っている白い建物。行ったことはないけれど、古くからある大きな病院だ。
「俺、昔身体が弱くて、一時期あそこにずっと入院してたんだよね」
「えっ?」
私は驚いて言った。
身体が弱いなんて、いまの様子からは全然感じられない。それどころか、生まれてからずっと健康だった私よりも、ずっと元気に見えるけど……。
そう言うと、
「いまはもう平気。昔の話だよ」
と桐生くんは笑って付け加えた。
「あの病院の部屋の窓から、いつもこの場所を見てた」
この時期、坂の上の病院から眺めるこの場所は、一面黄色に染まって、まるでこの一帯が光に包まれているように見えてーー
「退院したら、絶対あの場所に行くんだって決めてた。それを目標に、必死にリハビリとかして、そしたらいつのまにか病気も治ってた」
こんなこと言うと笑われるかもしれないけど、と少し照れ臭そうに桐生くんは言った。
「この場所は、俺にとっての希望だったんだ」
「笑わないよ」
私は言った。
うん、と桐生くんは頷く。
「知ってる」
とそして、照れたように笑った。