恋愛零度。
初めて、お母さんに反抗した。
自分でも信じられないくらい、大声で……。
私はマロンの散歩セットを手に取って、のろのろと庭に向かった。
マロンは私に気づくと、待ちくたびれたかのように、顔をあげて、くぅん、と鳴いた。
ほの暗い夕闇のなか、マロンの黒い瞳が光って、三角の小さな鼻が少し湿っていて、なんだか、泣き顔みたいに見えた。
ときどき、マロンには私の気持ちがすべてお見通しなんじゃないかと思う。
私が泣きたいときは泣きそうな顔をして、嬉しいときは尻尾を振って一緒に喜んで。
不思議なくらい、気持ちが通じているような気がする。
言葉が交わせる家族よりも、ずっと。
「行こう」
私は言って、立ち上がった。
行こう、いつもの場所にーー。
あの場所でなら、私は安心して泣けるから。