オトナの事情。
シャッター音はうるさかったけど、メンバーが俺に、やめろと言ったのは聞こえていた。
「…彼女に裏切られたことは、一度もありません。」
それでも、俺の口は勝手に動いていた。
「向坂さんそれは?」
「許嫁がいると知っていた上でのお付き合いだったんですか?!」
「天王寺さんはご存知ですか?」
もはやカオスと化した記者達を必死に抑えるスタッフが居た堪れなくて、俺は軽く手で制した。
答える気を見せた途端に報道陣は静まる。
「…彼女が許嫁の元へ行ってしまうと分かっていた上で、俺の方からアプローチしました。無理を言って、家に転がり込んだり、デートに連れ出したりもしましたが……」
半分嘘で、半分は本当だ。
「…ずっと、最初から、俺の片想いだったんです。…それだけです。
仕事の都合もあって無碍にもできずに迷惑な男だったろうけど、彼女は本当に良い人で、少しの間でも、楽しい夢を見せて頂きました。」
深くお辞儀をして、会場を後にする背中に、最後の質問が投げられる。
「どうして…許嫁がいる叶わない想いだと分かった上で、狭間さんにアプローチしたんですか?」
…そんなの、こっちが聞きたいよ。
そう思いつつも、少しだけ、あいつの真似をしてみせた。
「まあ、その辺は…オトナの事情、ってやつですよ。」
頭の中で、ルナが、ユキ君はバカね、なんて笑っていた。