オトナの事情。
「それでは、お呼びするまでお待ち下さい。」
『はい。』
後ろの方で、パタンとドアの閉まる音がして、ふうっと息を吐いた。
私、狭間 月は今日、天王寺家に嫁入りする。
別段、何を失う訳ではない。
元々私の25年間という人生は、この日のためだけに費やして来たようなものだから。
天王寺家に嫁ぐために生まれ、育てられ、養われて。
全てはこの日のためだった。
…ただ、あの21歳の、夢のような1年間だけを除いて。
それは偶然の運んでくれた、どこまでも甘くて切ない、身を焦がすような恋だった。
寝ても覚めても、一緒にいてくれた。
毎日隣で笑ってくれた。
私のために、泣いてくれた。
彼のために、生きていた。
あれからもう、4年も経って…彼はまだ、私のことを覚えてくれているだろうか。