オトナの事情。
それからすっかり様子のおかしいルナは、帰りのタクシーで何を話しかけても答えてくれず、ついに家まで帰って来てしまう。
「…おい、ルナ。……良い加減になんとか言えよ!」
俺の我慢も限界に達して、マンションのエレベーターが最上階で開いた時にそう言えば、ルナはまた固まってしまった。
「…ルナ?」
『…ユキ君、持つの、手伝って。』
なんのことかとルナの視線を辿れば、家のドアの前に大きな段ボールが置かれていた。
「え、何これ?」
随分重いその箱を家に運び込むと、ルナは広い玄関でいきなり開封し始める。
その中身は、
『赤いバラを、歳の数の10倍。今年は210本。毎年誕生日に、届くの。』
箱の中一杯に広がる赤い花束の中から、慣れたようにメッセージカードを取り出すと、俺に渡して見せてくれた。
“おめでとう。__天王寺 幸人”
知らぬ名前が書かれたそのカードから顔を上げると、ルナは一度引っ込めたはずの涙をまた流していた。
『…私ね、その人と、結婚するの。』
そう言って突然その場に泣き崩れるルナを、俺は、訳もわからぬまま、ただ抱きしめることしかできなかった。