彼と私のかくれんぼ
七年後のかくれんぼ
「お嬢、旅の準備は出来てるか?」
「久保田先輩、私をお嬢って呼ぶの、やっぱりやめてもらえませんか?」
「なんでー。他の人は呼んでて俺だけダメとかずるくない?」
口を尖らせる久保田先輩は、ちょっと大人な顔つきになったけど、喋ると昔と変わらない。
私の人生を変えたかも知れない高校二年の文化祭から七年。
私は地元の大学を卒業後、父が営む『白石製作所』で、経理事務を担当している。
相変わらず掛けているメガネの縁は赤いけれど、ふたつに縛っていたストレートの髪は、右横でひとつにまとめられている。
相変わらず初対面の人と話すのは苦手だけれど、働きだしてからは、だいぶスムーズに会話ができるようになってきた。
そして、久保田先輩はうちの会社の従業員で、二年前に結婚したユーコさんとの間に可愛い男の子がいる一児のパパだ。
「昔みたいに、普通に白石って呼んでくださいよ」
「いやいや。そんなこと言ったって、うち白石何人いるんだよ。社長に奥さんに、若だって白石じゃん」
久保田先輩の言うことはもっともだ。社長である父と、会社の横に家がある関係で時々顔を出す母。そして『若』と呼ばれているのは私の兄。
「白石って呼んだら誰のこと指してるかわかんないだろ。だから、お嬢が一番しっくりくるんだって」
久保田先輩がニカッと笑い、私が反論する気力もなくなったとき、事務所に入ってきた我が社の古参社員、トメさんに声を掛けられた。
「お嬢、また久保田にいじめられてんのか?」
「うわ。トメさんその言い方何? 俺ってそんなにいじめっ子に見える?」
「もー、トメさんがそうやって呼ぶから久保田先輩まで呼ぶんじゃないっ!」
私が産まれる前から白石製作所で働くトメさんからしてみれば、私はいつまでたっても小さい頃の『お嬢』のままなんだろう。
顔を真っ赤にして叫んでも、トメさんは気にせずケラケラ笑うだけ。
「まあ、いいじゃねぇかよ。お嬢はみんなに可愛がられてるって話で。ところで、旅の準備って何だ?」