抱き締めたら止まらない~上司の溺愛につきご注意下さい~
藍原の手当てが良かったのか、靴擦れは全く痛くなく、とても助かった。

オフィスに入った私は、いつものルーティーンを済ませると、仕事にとりかかる。

間もなくして、オフィスの中は、社員で一杯になった。

今日は、デスクワークに取り組んだ。

そんななか、突然藍原に呼ばれた私は、浮かない顔をしている。

また、凡ミスをおかしたのだろうか?

不安一杯で藍原の前まで来ると、書類の束を差し出されて受け取った。

「この書類をそれぞれ書いてあるようにまとめて持ってきてほしい」

「…わかりました」

不安から一気に解放された。ミスをおかした訳じゃなかったから。

踵を返し、自分のデスクに向かいながら、書類に目を通していた私は、思わずつまずいた。

「何やってる渡辺」

藍原に睨まれる。私は苦笑すると、頭を下げて、自分のデスクに戻るなり、脱力する。

つまずきもする。

だって、書類の始めに、鍵が引っ付いていて、メモがあった。

『鍵を渡すのを忘れていたから、持ってろ』

何も、今渡さなくてもいいだろうに。

誰かに見られはしないかと、私は慌ててそれを鞄にしまった。

「どうしたの、明日香ちゃん?」

私の隣のデスクに座る営業部のエース、早乙女光(さおとめひかる)26歳。とても優しい表情の光は、誰からも愛される。とくに、女子社員からの人気は絶大だ。

「へ?!いえ、何でもありません。どうしてですか?」

笑顔を張り付けて言う私を疑いの眼差しで見つめた光は続ける。

「今、慌てて鞄に何か仕舞ったから」
「…」

私は笑顔を張り付けたまま、首を降って見せると、何事もなかったように、仕事を始めた。

危ない、危ない。気づかれたのかと思った。悪いことはしていないが、流石にバレたくはない。

噂になるのは藍原に申し訳ないから。
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