抱き締めたら止まらない~上司の溺愛につきご注意下さい~
…その日の朝は、藍原がどうしても一緒に出社したいと駄々をこねた。

どうしたのもかと悩んだが、藍原のワガママなんて、初めてで、一緒に出社する事にした。

「…藍原部長」
「なんだ?」

んー…言わないと。

「…片手運転は危険ですよ」
「大丈夫だ」

んーー…どうしたものか。

「藍原部長」
「何が言いたい?」

分かってるくせに、なぜ聞く?

「どうしてずっと手を繋いでるんですか?危ないと思うと怖くて心臓が持ちません」

…本当は、その大きくて温かな手を握っていることに緊張しているだけなのだけど。

「しばらく会えなくなるから」

驚きの言葉に、私は藍原を見つめた。

「そんなに見られてると、集中力に欠ける」
「だって」

藍原がそんなこと言うから。

「…早乙女の」
「…早乙女さんが、どうしました?」

「…アイツの誘いにはのるなよ」
「…どういうことです」

「…とにかく、俺が帰ってくるまで、良い子で留守番してろ」
「…はぃ」

路肩に車が停まった。

それでも藍原は私の手を離さない。

「藍原部長、会社に行けません」
「…離したくないな」

藍原はそう言って、私の手の甲にそっと口付けた。

「ぶ、部長」
「…悪い。もういかないとな」

私は車から降りると、口付けられた手を握りしめ、早足に出社した。

手の甲も、顔も、驚くように熱かった。
< 49 / 60 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop