抱き締めたら止まらない~上司の溺愛につきご注意下さい~
「さっさとしろ、渡辺。営業は一分一秒が勝負だぞ」
「え、あ、はい!」

私はパソコンの電源を落とすと、鞄をひっつかみ、先に行く藍原を走って追いかけた。

…。

疲れた。足が棒だ。営業は大変だとは聞いていたが、想像を遥かに越える。

得意先を歩き回り、営業しながら、製品の評判や使い勝手の良し悪しを聞いて回る。

気がつけば、一時を回っていて、横断歩道が赤になり、止まったところで、私のお腹が大きな音で鳴った。


恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこの事だ。

私は赤い顔を見せまいと顔を下見向ける。

「…ぷ」

横で笑い声?

私は恐る恐る顔をそちらに向けた。

口に手を当てて、笑いをこらえている藍原。

それがなんとも言えない顔で、私はムッとする。

「…悪い、もうこんな時間か。飯食うか」
「え、ぁ、はい」

もう、笑っていない。藍原は、近くの定食屋に入っていく。私はそれを追いかけて、中に入った。

勝手に同じ唐揚げ定食を頼まれて、私は困惑する。

少食の私にはこれは多すぎる。

どうしたものかと思い悩んでいたら、パッと思いついた。


「え、おい、渡辺?」

私は唐揚げを半分藍原の皿の上にのせた。当然、藍原は面食らった顔をする。

「私、少食なので、食べてくださると助かります」

それだけいうと、ニコッ笑顔を張り付けて、先に食べ始めた。

「ったく、仕方ないな。」

藍原は観念したようにそう言って、食べ始めた。
< 5 / 60 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop