Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
「まだ帰ってなかったんだ、お買い物?」
店を出る時には持っていなかった紙袋を下げているのを見つけて藤堂は聞いていた。
莉子はさりげなくそれを体の背後に隠した、紙袋にはシンプルなデザインながら店のロゴが入っている、その服を明日にでも着て店に行ったらいかにもで恥ずかしいと思えた、もっとも男性がどこまでファッションブランドに詳しいかなど判らない。もしかしたらロゴでは何のお店かも判らないかも知れないが、逆にどこどこの新作だね、素敵だよ、なんて言われかねないとも思った。
「はい……あの……少し涼しくもなってきたので……散歩にいいかと……」
莉子の言葉に、藤堂はうんうん、と頷いた。
「いい傾向です、外に慣れてきましたね」
「──はあ……」
そんなつもりは一切なかったので、返答に困る。
「あの……藤堂さんは、何を……?」
まだ営業時間の筈である。
「ああ、ちょっとハーブを切らしてしまって」
手には月桂樹の葉が入った袋を持っていた、それだけ買いに行ったのだろう、店のシールが貼られているのが見えた。
「もう夕方の仕込みも始めたのに、慌ててスーパーに買い出しに。たまにやるんですよね、あると思ってたのになかったって」
思わず莉子は微笑んでいた。
「藤堂さん、しっかりしてそうなのに」
「たまにです、たまーに」
藤堂はたまにではなさそうな笑顔で応えてから、莉子が見ていた服を見た。
「……これから着るには寒そうですけど」
「あ、いえ、可愛いな、と思って見ていただけです」
「ああ、そうですね、可愛いですね、脱がせやすそうだし」
「──はい?」
「いえ。そうだな、いつも着てる服も可愛いですけど」
藤堂は今日も莉子が着ている服装を、上から下まで見てから言った。
「初めて会った日に着ていたような服も、好きですよ」
「……初めて……会った……」
藤堂が自分の部屋だと勘違いしてやって来た、あの日の事だ。
莉子は完全なる部屋着だった、しかも真夏だ。よれよれと言っていい黒いTシャツに、中学時代の半ズボンのジャージを太腿の半ばで切ったものを着ていた記憶がある。十年は着ているジャージなどテカテカだ、しかも裾は完全に切りっぱなしと来る。 ドアの隙間からほんの少し見えただけだろう、それでも莉子は恥ずかしさに顔から火が出る思いがした。