Crazy for you ～引きこもり姫と肉食シェフ～

拓弥は天井を見上げ、顎を指先で叩きながら思案してる、思い出さないで、莉子は心の中で懸命に祈った。

「あ……っ、お……もいだした！！！　カコだ！！！」

正にその正解を導き出されて、莉子はぎゅっと目を閉じる。
尊はその様子を見ていた。

「──カコ？」

静かな声で聞いていた。この時点で、尊は莉子の名前を忘れていた、普段は花村さんと呼んでいる。しかし自己紹介はされた、確かにそんなような名前だったが、雅な名前ではなく、女優と同じだったと思考を開始する。

「Cacco with bang（カコ・ウィズ・バン）のボーカル！　すげー、兄ちゃん！　そんな人と友達だったんだ！　店で知り合ったの！？　店に有名人が来るって本当だったんだな！　　Cacco（カコ）サイン貰ってもいい！？」
「違います……」

小さな声は尊にしか聞こえなかった。

「Cacco（カコ）！」

興奮した声で呼ばれて、莉子は更に目を固くつぶる。

「──莉子」

尊の声に、莉子ははっと目を開けた、ゆっくり視線を上げると優しく微笑む尊と目が合った、その瞳に、何故か安堵した。

尊も安堵する、名前を思い出せた、間違えていなかったと 緊張が解けた様子の莉子の手を、尊は背後から握った。
莉子は左手はフライパンの柄を、右手はフライ返しを持っていたが、その両手の上から、尊はそれぞれを操作して、ムニエルをひっくり返す。

「拓弥、この人は莉子さんだ、カコじゃない」
「え、芸名？　リコをカコにすんのも変わんねえ気がするけど」

尊は未だ莉子の手を離さない、フライパンを器用に操作してカレイはクルクルとフライパンの中を回転する。
尊の温かい手に、莉子は勇気をもらった。背に尊の存在を感じながら、視線を上げて拓弥をしっかり見た、やはり兄弟だ、尊によく似た、しかし幼さと無邪気さを感じる少年がいた。