Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~

「藤堂さん」
「尊」
「あ……尊、さん」
「尊でいいよ」
「た、ける……」
「なあに?」

優しい声に目線を上げた、階段を一段下がってもなお莉子は尊を見上げるようになる。包み込むように優しい瞳と合って、莉子の心は完全に融けた。

「──ごめんなさい」

突然の謝罪に、尊が戸惑う。

「え、何……」
「私、嘘ついてました。藤……た、けるに、このまま嘘をついているのは、もう心苦しいです」
「嘘? そんなひどい嘘?(実は男ですとか言うなよ?)」
「私の仕事はホームページ作成なんかじゃないです。姉に楽曲の提供をしています」
「──楽曲の提供? 歌を作ってるって事?」
「はい。ごめんなさい、姉との関係を知られたくなくて、嘘を……」

再び俯く、次の言葉が出なかった。

「そんな事」

尊の明るい声に、莉子ははっと顔を上げた。 目の前に美丈夫に見惚れた、尊は優しく微笑む。

「莉子の仕事なんか気にしてないよ。家で黙々と作業してるのは知ってる、その細かい内容まで気にしてなかった」
「……尊……」

思わず安堵した声で呼ぶと、尊の手が伸びて来た、なんだろう、と思っている間に髪を梳く様に撫でられた。
そんな風に優しく髪を撫でられたはいつ以来だろう、ほんの少し心が温かくなるのを感じた。

「それは嘘じゃなくて、言いたくなかった、隠したってだけでしょ。それなら俺も、隠し事はあるし──」
「そうかも……た、尊の隠し事……?」

髪を撫でた手はまだ莉子の髪に置かれていた、後頭部付近に手を添えたまま、尊は莉子を見つめる。

無防備な顔だった、初めて会った時同様、メイクをしていない素顔の莉子がいた。 大きな亜麻色の瞳が疑う様子もなく尊を見つめている。 ガードが堅いくせに弱々しく見える仕草に、尊の心は揺さぶられる。

(──本当に、この人は──)

思わず溜息が零れた、それを隠すように莉子を抱き寄せていた。 莉子の顔を自身の肩に押し付け背中にそっと手を添える、その背中が震えるのが判った。
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