Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
***


莉子はいつものようにLe Bonheur(レ・ボナー)へランチを食べにやって来る。

いつものように、莉子の特等席となっている半個室に案内されて座って待つ。

大きな溜息を吐いた。

(藤堂……尊さん……好き……って言ってくれたけど、それは私の全てを知っていて、判って言ってくれているんじゃない、んだよね……)

一晩中、ぐるぐると脳内を駆け巡ったことだった。

(本当の事なんか言えないけど……嬉しい……から、もう少し傍に居たい……もうちょっとだけ、尊さんのご飯を食べさせてもらって……そうしたら、お引越しして……)

嫌われる前に姿を消して──膝に広げたナフキンを握り締めた。

尊はいつものように、プレートを持ってやってくる。

「いらっしゃい」

いつもの調子で挨拶をしてくれる。

「……はい、こんにちは……」

まるで告白などなかったようだ、莉子は何故か安堵しつつ、少し残念にも思う。

「どうぞ」
「はい……いただきます」

小さな声で言って、フォークとナイフを手にした。

今日はサーモンのソテーがメインディッシュだ。柔らかい身にナイフを入れ口に運ぼうとすると、尊が口を開いた。

「聴いたよ、莉子さんの音楽」

言われて莉子の手がぴたりと止まる。

「拓弥がCacco with bangのCD持ってたから借りた。莉子さんらしくて素敵な音楽ばかりで──」

聞きながら莉子は胸が苦しくなる。

「──早速プレーヤーに入れて、ずっと聴いてるよ。あんな素敵な曲を作るなら、黙ってなくても……」
「ごめんなさい」

莉子はフォークとナイフを置いて謝っていた。

「え? 俺、なんか悪い事言った?」

誉めていた筈なのに、ふさわしくない言葉に尊が動揺する、莉子は慌てて頭を振った。

「嘘……ついてました」
「え、また? あ、いや、まだ、か」

そんな言葉に莉子は涙が溢れて来る。

「あ、ごめんごめん、いいよ、何?」
「……私が作ったのは、私の名前のものだけじゃないです。KKは私の事なんです」
「──え」

拓弥の昨夜の言葉を思い出す。
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