Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~


今日も店の出入口まで、尊は莉子を送る。

莉子は両手に尊手製の弁当を下げて、挨拶した。

「あの、ごちそうさまです」
「いいえ、また明日ね」

尊は笑顔で応える、莉子も笑顔で「はい」と答えると。

尊の両手が伸びて来た、またゴミが?と莉子はただ立っていた。

手はおとがいを包むように後頭部にかけられた、なんだろう、と思っている間に。
唇を、奪われる。

「──!?」

莉子は思わず後ずさった、唇は一瞬で離れたが頭は未だ固定されていて動けない、右の踵だけが、ドアにぶつかった。

店内に悲鳴が木霊する、以前の比ではない、本当の悲鳴だ。キスした、嘘でしょ、本当に、そんな声もあからさまに聞こえて、それでも莉子は逃げられず真っ赤になって尊を見つめた。

尊はにこっと微笑み、ようやく莉子を解放する。

「料理のお代ね、ごちそうさま」

莉子は口の中でもごもごと何かを言ってから踵を返した、ウェイターが開けてくれたドアを抜け店を出て、なにやらぎこちない動きながら階段を降りていく。

尊は莉子が店を出るとすぐさま厨房に取って返した、その後をウェイターが慌てて追いかける、マニュアルから言えばドアをきちんと締めるまでが仕事なのだが。

「オーナー、オーナー!」

興奮気味に声を掛ける。

「もう、なんだかんだ言って行動早いっすね! 結局口説いたんですか!? いやあ、キスごときで真っ赤になるって、可愛すぎ──」

ぴたりと足を止めた尊の背にぶつかりかけて、ウェイターは慌てて止まった。

見上げた尊の睨む視線をまともに見て、思わず「ひぃ」と声を上げる。

尊は何も言わずに再び歩き出すと、フロアと厨房を仕切る腰高のドアを乱暴に締めた。 フロアから姿が見えなくところまで来ると、壁を拳で殴る。

「お、オーナー?」

シェフの一人が不安そうに声を掛けたが、尊は応えない。

叩きつけた拳を握り締めたまま項垂れた。

「マジか──」

思わず呻いた。

(アルバムは何枚かはミリオンだって言ってたぞ、その殆どをKKが作ってる──って、下手すりゃ俺より稼ぎいいんじゃ……!?)

更に項垂れ、深い溜息が零れた。

ミリオンヒットと呼ばれる曲がいくら稼ぎだすかは、尊には想像が及ばないが──別にいい、男性優位だとは思っていない、相手の女性が稼ぎがよかろうか自分がヒモになる気もない。

それでもろくに食事も摂らずに、部屋に閉じこもる根暗な女の子だと思っていた莉子が、そんな気配も一切させずに、実は稀代のクリエイターだと判った動揺はちょっと大きかった。
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