Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
*
夕方、尊は約束通り、莉子の家へやって来た。
「さて何作ろうか」
尊は冷蔵庫を開けて考える。
「ごめんなさい」
莉子がいきなり謝る。
「え、なに。まだ何か隠し事?」
「そうじゃなくて……尊、疲れてるだろうから、何か作っておけばよかったなって、今思った……」
小さく項垂れる。
冷蔵庫を覗き込む尊の背を見て思った。単純に尊がこの家に来て食事を作るのが、なんだか普通になっていた。しかし今日は事件があったのだ、疲れているであろうにわざわざ莉子の家に来て慣れぬキッチンで食事を作ろうとしている、それが申し訳ない。
「まあ莉子が暇持て余してて、一日中家でゴロゴロしてるって言うなら作ってもらうけど。忙しいんだろ?」
莉子は頷く、それは嘘ではない。
「作る手間は変わらないからね。だったら莉子と楽しく作る方が嬉しいよ」
笑顔で言われて、莉子の心は浮足立つ。
「お。鶏肉があるな。治部煮でも作るか。白菜の浅漬けと人参のラペと」
言いながら冷蔵庫から材料を出していく。 莉子は笑ってしまう。
「もう尊、フレンチのシェフなのになんで和食なの? しかも一緒に作るのが人参のラペって」
「うん? 酢漬けって言う?」
「言い方変えても一緒でしょ?」
「じゃあいいじゃない。フレンチのシェフだって日本食食べたいし。作っちゃダメなら全部莉子にやらせるよ?」
「駄目じゃない、一緒に作って。治部煮なんか作ったことない」
二人は笑いながら並んでキッチンに立った。
「尊は何処で日本食覚えたの? お母さん?」
莉子は人参を千切りにしながら聞いた。
「母親に教わったことはないな、手伝いはしてたから体で覚えたものはあるけど。教えてもらったのは学校だな、俺は高校から調理科がある学校進んだんだ」
「へえ……昔からの夢だったんだ?」
「夢、かなあ。うちは実家が中華料理店でね。なんとなく跡を継ぐつもりでいたから進んだんだけど、親には反対されたな」
「え、そうなの?」
子供が継ぐなどと言ってくれたら嬉しいのでは、と勝手に思うが。
「自営業は厳しいと言えば厳しいからね。だったら会社員か公務員にでもなれって随分怒られた。でも結構前から料理人になるって決めてたから反対押し切って東京まで出て高校通って、それでもぶちぶち文句言われたからフランスへ武者修行。ああ、そう、その時点では何料理をしようとかなかったんだよな。遠くに逃げようと思っただけで」
「そうなんだ。じゃあもしかしたら中華料理店やってたかも知れないんだ?」
「中国に勉強しに行ってたら、そうだったかもね。そうしたら今頃家の手伝いでもしてたのかな」
それは少し意外な姿だな、などと莉子は想像してみる。
夕方、尊は約束通り、莉子の家へやって来た。
「さて何作ろうか」
尊は冷蔵庫を開けて考える。
「ごめんなさい」
莉子がいきなり謝る。
「え、なに。まだ何か隠し事?」
「そうじゃなくて……尊、疲れてるだろうから、何か作っておけばよかったなって、今思った……」
小さく項垂れる。
冷蔵庫を覗き込む尊の背を見て思った。単純に尊がこの家に来て食事を作るのが、なんだか普通になっていた。しかし今日は事件があったのだ、疲れているであろうにわざわざ莉子の家に来て慣れぬキッチンで食事を作ろうとしている、それが申し訳ない。
「まあ莉子が暇持て余してて、一日中家でゴロゴロしてるって言うなら作ってもらうけど。忙しいんだろ?」
莉子は頷く、それは嘘ではない。
「作る手間は変わらないからね。だったら莉子と楽しく作る方が嬉しいよ」
笑顔で言われて、莉子の心は浮足立つ。
「お。鶏肉があるな。治部煮でも作るか。白菜の浅漬けと人参のラペと」
言いながら冷蔵庫から材料を出していく。 莉子は笑ってしまう。
「もう尊、フレンチのシェフなのになんで和食なの? しかも一緒に作るのが人参のラペって」
「うん? 酢漬けって言う?」
「言い方変えても一緒でしょ?」
「じゃあいいじゃない。フレンチのシェフだって日本食食べたいし。作っちゃダメなら全部莉子にやらせるよ?」
「駄目じゃない、一緒に作って。治部煮なんか作ったことない」
二人は笑いながら並んでキッチンに立った。
「尊は何処で日本食覚えたの? お母さん?」
莉子は人参を千切りにしながら聞いた。
「母親に教わったことはないな、手伝いはしてたから体で覚えたものはあるけど。教えてもらったのは学校だな、俺は高校から調理科がある学校進んだんだ」
「へえ……昔からの夢だったんだ?」
「夢、かなあ。うちは実家が中華料理店でね。なんとなく跡を継ぐつもりでいたから進んだんだけど、親には反対されたな」
「え、そうなの?」
子供が継ぐなどと言ってくれたら嬉しいのでは、と勝手に思うが。
「自営業は厳しいと言えば厳しいからね。だったら会社員か公務員にでもなれって随分怒られた。でも結構前から料理人になるって決めてたから反対押し切って東京まで出て高校通って、それでもぶちぶち文句言われたからフランスへ武者修行。ああ、そう、その時点では何料理をしようとかなかったんだよな。遠くに逃げようと思っただけで」
「そうなんだ。じゃあもしかしたら中華料理店やってたかも知れないんだ?」
「中国に勉強しに行ってたら、そうだったかもね。そうしたら今頃家の手伝いでもしてたのかな」
それは少し意外な姿だな、などと莉子は想像してみる。