Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
***


片付けには数日を要した、それから設備を整えて、食材の準備をして、開店できるようなった頃には既に事件から二週間が経っていた。

開店を心待ちにしていた客が毎日押し寄せて来てくれるのがありがたいが、莉子を呼べるのは少し落ち着いてからになりそうだった。 リニューアルオープンから五日、莉子に逢えずにいた。少しハードな日々が続いていて、お弁当もリニューアルオープン初日にしか届けられていない。 元々弁当もご飯も莉子に逢う口実だったが、実際食べさせてやれないと、自炊をちゃんとしているのか少々不安になってしまう。なんと言ってもそれまでの食生活が食生活だ。

(休みは明後日だ、そしたら買い物出て一日料理作って、作り置きをいっぱい用意してやるか)

思わず笑顔になる。店を強制的に休みにさせられて、少しラッキーと思ったのは莉子との時間が増えた事だ。毎日スーパーに買い物に行って、毎日どちらかの家に行って並んで料理をした。こうして忙しくなってしまうとそれが貴重な時間だったと判る。

(──って。距離が縮まった感じは、全くしませんけどー)

それには涙が出る、莉子は変わらずガードが堅い。

今までの女性ならば、多少嫌われても構わないと言う気持ちでイニシアチブを握って来た、しかし莉子に対しては何故か強気になれずにいる。

尊は溜息を吐いて、閉店して照明を落とした薄暗い店内でレジの確認をしていた。 実際の締めはウェイターの一人がやってくれているが、疑う訳ではないが最後の確認は尊がする。

「ほい、オッケー」

会計に間違いがないことを確認し、レジを閉じた。売り上げを持ち、店内の火の元や電気、セキュリティーを指さし確認して店を出る。セキュリティーは事件後につけるようになったものだ。

ドアは変わらずガラス製だが、シャッターを付けた。そのシャッターにも鍵を掛け、しっかり閉まった事を確認してから階段を降りる。

降りきり左方向へ歩き出した瞬間だった。後頸部に強い衝撃が走る。

それきり、何の感覚も無くなった。


***


ふと意識が浮上して、尊は目を覚ました。

目が覚めたのだから寝ていた筈なのだが、上半身は起こされていると判った。うたた寝でもしていたのかと思うが、随分寝たような気もした。
大きな深呼吸をした時、息を呑む気配を感じる。そちらに視線を向けると泣き腫らした目をした莉子がいた。

「──莉子……?」

何故泣いているのか、不思議に思う。何より何故か体が重い、目を転じるのも苦労した、声もひどく出しにくい。

「尊……! よかった、尊、助かった……!」

莉子は呟きながら、大きな涙をポロポロと流し始める。

「助かった……? 何のこと……?」
「尊、お店から出たとこを襲われたみたいで、無房さんの大将さんがみつけてくれたんだよ?」
「へえ……そうなんだ……」
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