Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
目の前の男を落としたい。 莉子の恋人だとか、雑誌に載るなどとはどうでもいい、ただ、目の前の男が気になり始めていた。その手段のひとつに莉子のふりをすればいい、と思ったのだ。
「──私達って、そんなに似てるのかしら?」
囁く様に言った言葉だが、尊には聞こえた。
「まあ外見は似てるな、否定はしない。莉子って声を掛けた時は莉子だと思ったからだし。さすが一卵性の双子だよ」
恐らく動かなければ、目が合わなければずっと莉子だと思い続けていただろう。しかし何処か違うのは、表情だったり仕草だったりするのだろうか、すぐに莉子ではないと判った。しかし目の前の本人が莉子と呼ばれても否定をせずに、普通に注文もした、何故だろうと思いながら調理はしたが。
「──でもやはり別人だ。莉子は好きだけど、あんたの事は好きになれそうにない」
正直に莉子ではないと否定しなかったばかりか、尊から言わなければずっと打ち明けなかっただろうと思えた。その意図など探る気にもならないが、とにかく気に入らなかった。
「失礼ね」
「だから何の用だよ? 飯食いに来ただけなら、代金はいいから」
「そんな害虫追い払うみたいに言わなくても──その調子じゃ知らないのね、あなたね、パパラッチに写真撮られたのよ。莉子と居るところの」
「写真?」
「やっぱり知らないのか。これから連絡行くのかな? それとも一般人にはわざわざ掲載の話なんか行かないのかしら。あのね、マンションに出入りする二人の姿を、ばっちり撮られたのよ。明日発売される雑誌に載るわ」
言われて尊は眉間に皴を寄せた。
「そんな事。別に構わないが?」
「いいの? 私とあなたとして流されるのよ?」
「そんなもの、自分じゃない、妹とその恋人だと言えばいいだけだろう」
「きっと莉子は嫌がると思うの」
尊は溜息を吐いた、それはそうかも知れないなと思う。
「実はつい先日は莉子があんたに間違えられて襲われた」
「え、そうなの?」
「だから目立つのは御免だが──犯人は香子に双子の妹なんていないと言ってた。なんで双子だと公表しない?」
「わざわざ家族構成を声高に公表してる人はいないわよ。別に隠してる訳じゃないし」
それは嘘だ、聞かれないから答えないのは事実だが、今回もなんとか双子であることは隠したいと思っている。
「──だから、別に言ってもいいのよ、妹だって」
そう、言ってもいい──でも、尊の恋人は自分でありたい。
「でも事務所も莉子の事は表沙汰にしたくないみたい、今回も何とか発売差し止めをお願いして動いてて……でも明日の話でしょ、難しそうなのよ」
尊は小さく溜息を吐いてから、小さな声で言った。
「──表沙汰にしたくないのは、莉子があんたのゴーストライターをしてるから、か?」
言われて香子は無表情を貼りつける、随分してから言葉を紡いだ。
「──なあんだ。聞いてるんだ。まあ付き合ってるなら言うかあ」
「いい機会だ、もう辞めさせたらどうだ? 莉子があんたの影をやってる必要は、全くないだろう」
「一応、これでもお姉ちゃんとしては、あの子を守ってるつもりなんだけどな。だから今回も守ってあげたいの。写真なんか撮られてさ。あの子目立つ事嫌いでしょ? あなたとの事が表沙汰になったら別れるって言い出すかもよ?」
「──そんな事させねえし」
呟く様に言った本気の一言が、香子の神経を逆撫でする。
「あなたはメディア慣れしてて、こんな話題もむしろ宣伝になるだろうけど」
強い口調で言っていた。
「そんな事は思ってない」
「そう? でもね、莉子は無理よ、だからあの子はずっと私を隠れ蓑にしていたんだもの。存在がバレた挙句、Caccoの楽曲も実は莉子がやっていたなんてばれたら、あの子死んじゃうかも知れないわよ?」
「あんたのゴーストライターなんか、やめればいい」
言われて香子は、動揺を笑顔で隠した。この男に莉子は全て喋っているのだと判った。莉子がそこまで他人に心を許したことはない──いつの間に──どす黒い感情が、体中を巡り始める。
「──でも、あの子は作らずにはいられないのよ。あなたは料理を作るんでしょう、似てるんじゃないのかな? もし周りからの重圧で作るなと言われたら、ちょっと嫌な気分でしょう?」
「莉子はやめられるものならやめたいと思ってる、あんたの影でいることに疲れてる。もう解放してやれよ」
香子は、にやりと笑った。
「──そうね、そう思うわ、でもこの写真が出てたらそうはいかないかもね……莉子の存在が世に知られて、KKはあの子だとバレたら、きっと世間はあの子を祭り上げるわ」
「そうなったら辞めさせるだけだ」
「そんな簡単に行くかなあ。ねえ、だからさ、私と付き合ってるって事にしない?」
「──は?」
「あの写真は私とあなただと言う事にするの。現に記事にはそう出るから。そうしたら莉子は今まで通り芸能界なんかとは無関係でいられるわ。私とあなたは暫く付き合ってるふりをして、ほとぼりが冷めたら終わりにすればいい。とりあえず今日はどちらかのマンションに行きましょうよ、既成事実を作る必要があるわ。家は何処?」
それからも延々と饒舌に喋る香子を、尊を睨み付けていた。
***
莉子が大きなヘッドホンをしてパソコンに向かっていると、音楽に紛れてインターフォンの音がした。
「あ……はいはい、待って……」
慌てて音を消してヘッドホンを外し立ち上がる、その時にはドアをガンガン叩く音に変わっていた。
「んもう……誰……」
言いながらも笑顔だった、そんなことする相手は尊しかいない。現に仕事部屋を出ると喚く声が聞こえた。
「莉子! 開けろ!」
ドアは合鍵で開けたのだが、バーはかかっていた。僅かに開いた隙間から尊が怒鳴っている。 当然だ、いつもなら尊が来る時間ではない、まだ九時過ぎだった。
「はいはい、待ってよ。もうせっかちなんだから」
笑顔で言いながら一旦ドアを閉め、バーを外すとドアは外から開いた。
肩で息をする尊がいた。
「どうしたの、今日は少し早くない?」
尊は応えず、玄関に入ると莉子を抱き締めた。
「尊、どう……」
全ては言わさず、尊は唇を重ねる。莉子の背を体で壁に押し付け、頭も唇で固定した。
「ん……うん……っ!」
乱暴なキスに莉子は抵抗の声を上げた、それでも尊は離れない。
シャツの下から手が侵入してきた、莉子は懸命に抵抗するが、その手を止めることはできない。腹や背を優しく、時に乱暴に撫でられ揉まれて莉子の体から力が抜ける。押し付けられた尊の腰に自身の腰を乗せられ、莉子の爪先は浮いてしまうがどうすることもできなかった。 胸を揉んでいた手が、わき腹を撫でるように背後に回されブラのホックを外されても、莉子は唇から小さな抵抗の声を上げる事しかできない。手は再び素肌を撫でるように前に戻り思い切り乳房を掴まれた。
「は……ん……っ!」
はっきりした声が出て、尊はやっと唇を離した。欲情に濡れた莉子の顔を見下ろす、莉子は潤んだ瞳で見上げたが、合った尊の瞳の冷たさに驚いた。
「──なんで……?」
衣服の上からとは言え、触れ合った互いの性器が熱くなっているのに、裏腹な視線に莉子は戸惑う。
「何が……あ……んっ!」
ぐいと腰を突き上げられて、莉子は体をそらせた。
「──香子って言ったか、莉子のお姉さんは」
「う、ん……香子が……なに……?」
身も声も震わせて、莉子は呟くように言った。
「今日、店に来た」
その言葉に、さすがに冷静さが戻る。いつも自分が一番でないと気が済まなかった香子、莉子のものは自分のものだと思っていた香子、その香子が尊に会いに行った理由は、何故だかよく判る。
「ど……して……」
「むかつく、あの女。本当に莉子のお姉さんか?」
意外な言葉に、莉子ははっとして尊を見上げた。
「──え……香子の方が、いい、でしょ……?」
今まで聞いた来た賛辞は、姉の対するものばかりだった。明るく爛漫な姉は陽で、人見知りで引っ込み思案の莉子は陰だった、だから人は香子に集まる。
「は? 何言ってんの? 莉子の方が断然いいに決まってるだろ」
怒った口調で言って、莉子の喉に歯を立てた、言葉自身は嬉しい内容なのに、そのまま噛み千切られてしまうのではと言う恐怖を呼び起こす程乱暴な物言いに喜びが掻き消える。
「ん……で、でも……」
人は皆、香子に惹かれる、そう刷り込まれていた。
「図々しい女は嫌い、莉子を馬鹿にする女はもっと嫌い」
尊は自分が付けた歯形に舌を這わせる。告げられた内容と合わさって、莉子は甘い吐息と共に体から完全に力が抜けた。
「た……ける……っ」
必死に尊の腕や肩に手を掛けて体を支えるが、その指すら震えてままならない。
「嫌な女に遭った、記憶の上書きと口直しを要求する」
戸惑う莉子をからかうように言って、尊は唇を乱暴に塞いだ。理不尽だと思いながらも莉子はその求めが嬉しかった。
*
「なんだ、莉子は知らなかったのか
週刊誌に載ると言う件だ。
「うん……」
尊の裸の胸に頭を乗せて、莉子は呟く。
「莉子を香子だと嘘をつけと言われた。なんで俺がそんな嘘をつく必要がある?」
「……うん……」
それは香子にとってもだと思う。
「必要ないと言ったら、ああだこうだと取って付けた御託を並べて、まあよく喋る女だと思ったよ。そこだけ見ても、本当に莉子のお姉さんなのかと疑ったぞ。似てないにもほどがある」
似てる似てると言われて育った莉子には、意外すぎる言葉だった。
「ほんと……?」
「まあ双子だからって似る必要は全くないんだけどな
莉子の髪にキスをしながら言う。
「あんまりしつこいんで無視して席は離れたけど、しばらく居座ってたな。香子が来たなんてばれたら騒ぎになると思って店の連中にも言ってないけど、明日行ったら言っとくか、もう香子だろうが、莉子だろうが入れるなって」
「ええ、私も?」
「どうやら、みんな区別がつかないらしい。またあんな女の相手をするのは勘弁だ。全くなんなんだ、あの女は」
「多分……私のものが欲しいだけ……」
「莉子のものを?」
子供の頃からだ。
ピアノの楽譜も自分の物がボロボロになったら、丁寧に扱い綺麗なままの莉子のものと勝手に交換した。お菓子をさっさと食べ終わって莉子の分を取り、おもちゃも色違いで持っていればその色がいいと無理矢理持って行く。この姉は自分のものをなんでも奪うのだろうと確信した、アイデンティティーさえ奪われるのでは思った。以来、ますます殻に閉じこもったのを覚えている。
「私に恋人がいるのが許せないんだと思う……私は香子の持ち物だから……」
「馬鹿な事を」
吐き捨てるように言われて、莉子ははっと顔を上げた。声とは裏腹に優しい笑顔があった。
「俺の意思はどうなんの? 俺は莉子が好きなのに。双子だとか顔が似てるとか、そんなものはどうでもいい。俺は一人の女として莉子を愛してる」
「……尊……」
込み上げる涙を懸命に抑える。
「そもそも、あんだけ自信ありげな女は嫌い。世の中自分の思い通りになると思いやがって」
そんな言葉には笑みがこぼれた、確かにその通りだ、そして香子はそれを叶えてきた気がする。
「どうしてやろうか……嘘でも他の女と付き合ってるなんて情報が流れるのは冗談じゃない」
莉子の髪を梳きながら、天井を見上げた。
「莉子は事務所に連絡取れる? 香子の話だと事務所ぐるみで莉子の事は隠そうとしているようだから、お偉いさんに自分の名前が出ていいって話はしな。俺達になにもやましいことはないんだ」
「う、うん……」
「俺の方もなんかアクションを起こしてみるか。出版社に連絡取れるか……」
今まで各社と言っていい数の雑誌に取り上げられた、その伝手を使って話が出来ないかやってみようと思った。策を練りながらながら莉子の髪を撫でる。その手が心地よくて莉子は目を閉じて頬を尊の胸に押し当てた。微かに鼓動を感じて嬉しさが増す。
「ああ、ちょっと腹減ったな、なんか食べるか?」
「え、こんな時間にいいよ」
「でも俺夕飯食べてないし。腹立ちすぎて」
冗談めかして言う。あまりに腹が立ちすぎて店の片付けもせずに帰らせてもらった。皆、単に莉子と喧嘩でもしたと思ったようだ、だからこそすんなり送り出してもくれたが。
「うん、じゃあ、ちょっともらう」
言うと尊は微笑んで莉子の額にキスをして体を起こした。離れる寸前にきゅっと優しい力で抱き締められる、そんな優しい仕草に莉子は笑みが零れた、途端にキスが唇に落ちる。
「え、なに……」
離れると思った尊のキスは、深さが増す。
「──私達って、そんなに似てるのかしら?」
囁く様に言った言葉だが、尊には聞こえた。
「まあ外見は似てるな、否定はしない。莉子って声を掛けた時は莉子だと思ったからだし。さすが一卵性の双子だよ」
恐らく動かなければ、目が合わなければずっと莉子だと思い続けていただろう。しかし何処か違うのは、表情だったり仕草だったりするのだろうか、すぐに莉子ではないと判った。しかし目の前の本人が莉子と呼ばれても否定をせずに、普通に注文もした、何故だろうと思いながら調理はしたが。
「──でもやはり別人だ。莉子は好きだけど、あんたの事は好きになれそうにない」
正直に莉子ではないと否定しなかったばかりか、尊から言わなければずっと打ち明けなかっただろうと思えた。その意図など探る気にもならないが、とにかく気に入らなかった。
「失礼ね」
「だから何の用だよ? 飯食いに来ただけなら、代金はいいから」
「そんな害虫追い払うみたいに言わなくても──その調子じゃ知らないのね、あなたね、パパラッチに写真撮られたのよ。莉子と居るところの」
「写真?」
「やっぱり知らないのか。これから連絡行くのかな? それとも一般人にはわざわざ掲載の話なんか行かないのかしら。あのね、マンションに出入りする二人の姿を、ばっちり撮られたのよ。明日発売される雑誌に載るわ」
言われて尊は眉間に皴を寄せた。
「そんな事。別に構わないが?」
「いいの? 私とあなたとして流されるのよ?」
「そんなもの、自分じゃない、妹とその恋人だと言えばいいだけだろう」
「きっと莉子は嫌がると思うの」
尊は溜息を吐いた、それはそうかも知れないなと思う。
「実はつい先日は莉子があんたに間違えられて襲われた」
「え、そうなの?」
「だから目立つのは御免だが──犯人は香子に双子の妹なんていないと言ってた。なんで双子だと公表しない?」
「わざわざ家族構成を声高に公表してる人はいないわよ。別に隠してる訳じゃないし」
それは嘘だ、聞かれないから答えないのは事実だが、今回もなんとか双子であることは隠したいと思っている。
「──だから、別に言ってもいいのよ、妹だって」
そう、言ってもいい──でも、尊の恋人は自分でありたい。
「でも事務所も莉子の事は表沙汰にしたくないみたい、今回も何とか発売差し止めをお願いして動いてて……でも明日の話でしょ、難しそうなのよ」
尊は小さく溜息を吐いてから、小さな声で言った。
「──表沙汰にしたくないのは、莉子があんたのゴーストライターをしてるから、か?」
言われて香子は無表情を貼りつける、随分してから言葉を紡いだ。
「──なあんだ。聞いてるんだ。まあ付き合ってるなら言うかあ」
「いい機会だ、もう辞めさせたらどうだ? 莉子があんたの影をやってる必要は、全くないだろう」
「一応、これでもお姉ちゃんとしては、あの子を守ってるつもりなんだけどな。だから今回も守ってあげたいの。写真なんか撮られてさ。あの子目立つ事嫌いでしょ? あなたとの事が表沙汰になったら別れるって言い出すかもよ?」
「──そんな事させねえし」
呟く様に言った本気の一言が、香子の神経を逆撫でする。
「あなたはメディア慣れしてて、こんな話題もむしろ宣伝になるだろうけど」
強い口調で言っていた。
「そんな事は思ってない」
「そう? でもね、莉子は無理よ、だからあの子はずっと私を隠れ蓑にしていたんだもの。存在がバレた挙句、Caccoの楽曲も実は莉子がやっていたなんてばれたら、あの子死んじゃうかも知れないわよ?」
「あんたのゴーストライターなんか、やめればいい」
言われて香子は、動揺を笑顔で隠した。この男に莉子は全て喋っているのだと判った。莉子がそこまで他人に心を許したことはない──いつの間に──どす黒い感情が、体中を巡り始める。
「──でも、あの子は作らずにはいられないのよ。あなたは料理を作るんでしょう、似てるんじゃないのかな? もし周りからの重圧で作るなと言われたら、ちょっと嫌な気分でしょう?」
「莉子はやめられるものならやめたいと思ってる、あんたの影でいることに疲れてる。もう解放してやれよ」
香子は、にやりと笑った。
「──そうね、そう思うわ、でもこの写真が出てたらそうはいかないかもね……莉子の存在が世に知られて、KKはあの子だとバレたら、きっと世間はあの子を祭り上げるわ」
「そうなったら辞めさせるだけだ」
「そんな簡単に行くかなあ。ねえ、だからさ、私と付き合ってるって事にしない?」
「──は?」
「あの写真は私とあなただと言う事にするの。現に記事にはそう出るから。そうしたら莉子は今まで通り芸能界なんかとは無関係でいられるわ。私とあなたは暫く付き合ってるふりをして、ほとぼりが冷めたら終わりにすればいい。とりあえず今日はどちらかのマンションに行きましょうよ、既成事実を作る必要があるわ。家は何処?」
それからも延々と饒舌に喋る香子を、尊を睨み付けていた。
***
莉子が大きなヘッドホンをしてパソコンに向かっていると、音楽に紛れてインターフォンの音がした。
「あ……はいはい、待って……」
慌てて音を消してヘッドホンを外し立ち上がる、その時にはドアをガンガン叩く音に変わっていた。
「んもう……誰……」
言いながらも笑顔だった、そんなことする相手は尊しかいない。現に仕事部屋を出ると喚く声が聞こえた。
「莉子! 開けろ!」
ドアは合鍵で開けたのだが、バーはかかっていた。僅かに開いた隙間から尊が怒鳴っている。 当然だ、いつもなら尊が来る時間ではない、まだ九時過ぎだった。
「はいはい、待ってよ。もうせっかちなんだから」
笑顔で言いながら一旦ドアを閉め、バーを外すとドアは外から開いた。
肩で息をする尊がいた。
「どうしたの、今日は少し早くない?」
尊は応えず、玄関に入ると莉子を抱き締めた。
「尊、どう……」
全ては言わさず、尊は唇を重ねる。莉子の背を体で壁に押し付け、頭も唇で固定した。
「ん……うん……っ!」
乱暴なキスに莉子は抵抗の声を上げた、それでも尊は離れない。
シャツの下から手が侵入してきた、莉子は懸命に抵抗するが、その手を止めることはできない。腹や背を優しく、時に乱暴に撫でられ揉まれて莉子の体から力が抜ける。押し付けられた尊の腰に自身の腰を乗せられ、莉子の爪先は浮いてしまうがどうすることもできなかった。 胸を揉んでいた手が、わき腹を撫でるように背後に回されブラのホックを外されても、莉子は唇から小さな抵抗の声を上げる事しかできない。手は再び素肌を撫でるように前に戻り思い切り乳房を掴まれた。
「は……ん……っ!」
はっきりした声が出て、尊はやっと唇を離した。欲情に濡れた莉子の顔を見下ろす、莉子は潤んだ瞳で見上げたが、合った尊の瞳の冷たさに驚いた。
「──なんで……?」
衣服の上からとは言え、触れ合った互いの性器が熱くなっているのに、裏腹な視線に莉子は戸惑う。
「何が……あ……んっ!」
ぐいと腰を突き上げられて、莉子は体をそらせた。
「──香子って言ったか、莉子のお姉さんは」
「う、ん……香子が……なに……?」
身も声も震わせて、莉子は呟くように言った。
「今日、店に来た」
その言葉に、さすがに冷静さが戻る。いつも自分が一番でないと気が済まなかった香子、莉子のものは自分のものだと思っていた香子、その香子が尊に会いに行った理由は、何故だかよく判る。
「ど……して……」
「むかつく、あの女。本当に莉子のお姉さんか?」
意外な言葉に、莉子ははっとして尊を見上げた。
「──え……香子の方が、いい、でしょ……?」
今まで聞いた来た賛辞は、姉の対するものばかりだった。明るく爛漫な姉は陽で、人見知りで引っ込み思案の莉子は陰だった、だから人は香子に集まる。
「は? 何言ってんの? 莉子の方が断然いいに決まってるだろ」
怒った口調で言って、莉子の喉に歯を立てた、言葉自身は嬉しい内容なのに、そのまま噛み千切られてしまうのではと言う恐怖を呼び起こす程乱暴な物言いに喜びが掻き消える。
「ん……で、でも……」
人は皆、香子に惹かれる、そう刷り込まれていた。
「図々しい女は嫌い、莉子を馬鹿にする女はもっと嫌い」
尊は自分が付けた歯形に舌を這わせる。告げられた内容と合わさって、莉子は甘い吐息と共に体から完全に力が抜けた。
「た……ける……っ」
必死に尊の腕や肩に手を掛けて体を支えるが、その指すら震えてままならない。
「嫌な女に遭った、記憶の上書きと口直しを要求する」
戸惑う莉子をからかうように言って、尊は唇を乱暴に塞いだ。理不尽だと思いながらも莉子はその求めが嬉しかった。
*
「なんだ、莉子は知らなかったのか
週刊誌に載ると言う件だ。
「うん……」
尊の裸の胸に頭を乗せて、莉子は呟く。
「莉子を香子だと嘘をつけと言われた。なんで俺がそんな嘘をつく必要がある?」
「……うん……」
それは香子にとってもだと思う。
「必要ないと言ったら、ああだこうだと取って付けた御託を並べて、まあよく喋る女だと思ったよ。そこだけ見ても、本当に莉子のお姉さんなのかと疑ったぞ。似てないにもほどがある」
似てる似てると言われて育った莉子には、意外すぎる言葉だった。
「ほんと……?」
「まあ双子だからって似る必要は全くないんだけどな
莉子の髪にキスをしながら言う。
「あんまりしつこいんで無視して席は離れたけど、しばらく居座ってたな。香子が来たなんてばれたら騒ぎになると思って店の連中にも言ってないけど、明日行ったら言っとくか、もう香子だろうが、莉子だろうが入れるなって」
「ええ、私も?」
「どうやら、みんな区別がつかないらしい。またあんな女の相手をするのは勘弁だ。全くなんなんだ、あの女は」
「多分……私のものが欲しいだけ……」
「莉子のものを?」
子供の頃からだ。
ピアノの楽譜も自分の物がボロボロになったら、丁寧に扱い綺麗なままの莉子のものと勝手に交換した。お菓子をさっさと食べ終わって莉子の分を取り、おもちゃも色違いで持っていればその色がいいと無理矢理持って行く。この姉は自分のものをなんでも奪うのだろうと確信した、アイデンティティーさえ奪われるのでは思った。以来、ますます殻に閉じこもったのを覚えている。
「私に恋人がいるのが許せないんだと思う……私は香子の持ち物だから……」
「馬鹿な事を」
吐き捨てるように言われて、莉子ははっと顔を上げた。声とは裏腹に優しい笑顔があった。
「俺の意思はどうなんの? 俺は莉子が好きなのに。双子だとか顔が似てるとか、そんなものはどうでもいい。俺は一人の女として莉子を愛してる」
「……尊……」
込み上げる涙を懸命に抑える。
「そもそも、あんだけ自信ありげな女は嫌い。世の中自分の思い通りになると思いやがって」
そんな言葉には笑みがこぼれた、確かにその通りだ、そして香子はそれを叶えてきた気がする。
「どうしてやろうか……嘘でも他の女と付き合ってるなんて情報が流れるのは冗談じゃない」
莉子の髪を梳きながら、天井を見上げた。
「莉子は事務所に連絡取れる? 香子の話だと事務所ぐるみで莉子の事は隠そうとしているようだから、お偉いさんに自分の名前が出ていいって話はしな。俺達になにもやましいことはないんだ」
「う、うん……」
「俺の方もなんかアクションを起こしてみるか。出版社に連絡取れるか……」
今まで各社と言っていい数の雑誌に取り上げられた、その伝手を使って話が出来ないかやってみようと思った。策を練りながらながら莉子の髪を撫でる。その手が心地よくて莉子は目を閉じて頬を尊の胸に押し当てた。微かに鼓動を感じて嬉しさが増す。
「ああ、ちょっと腹減ったな、なんか食べるか?」
「え、こんな時間にいいよ」
「でも俺夕飯食べてないし。腹立ちすぎて」
冗談めかして言う。あまりに腹が立ちすぎて店の片付けもせずに帰らせてもらった。皆、単に莉子と喧嘩でもしたと思ったようだ、だからこそすんなり送り出してもくれたが。
「うん、じゃあ、ちょっともらう」
言うと尊は微笑んで莉子の額にキスをして体を起こした。離れる寸前にきゅっと優しい力で抱き締められる、そんな優しい仕草に莉子は笑みが零れた、途端にキスが唇に落ちる。
「え、なに……」
離れると思った尊のキスは、深さが増す。