Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
「最後にCacco with bangが歌うけど、それは口パクにしてもらったから、適当に合わせて」
「え、無理です……!」
「具合が悪い話はしてある、顔のアップは撮るなとね。曲自体は莉子ちゃんも知ってるんだ、適当にやって」
しかし多少なりとも振り付けはある、それができる自信はなかった。
「イヤモニはどう?」
言われて莉子は右の耳にあるそれに触れた。バンドの曲が流れるイヤホンだ。ピンクの地にスワロスキーが散りばめられている。
「やっぱり……合わないみたいで……」
動く度に浮いて、外れそうになる。
「双子と言えども耳の穴まで同じじゃないのか。まあファンはこれが愛用品って知ってるだろうから使わない訳にはいないな、後で両面テープででも止めるか。これはずっとしてて。もし莉子ちゃんが返答に困ったら、俺か社長から指示出すから。困った時の合図は……そうだな、右手をおでこに当てようか」
「……はい」
そんな話をしている間に、MCの男女が入って来た、莉子は慌てて立ち上がり頭を下げる。
「ああ、いいよお、Caccoちゃん、具合悪いんでしょー?」
メインMCの鳩中は大物と言われる俳優だ、この音楽番組を10年も持っている。先程楽屋に挨拶に行った、橘と龍一とで本調子ではないからよろしく頼むと何度も頭を下げた。
「大変だねえ、よりによってCaccoのヒストリー番組当日に当たるなんて」
Caccoがプロデュースした歌手が10組になった記念の特番だった。その10組のアーティスト達が曲を披露し、Cacco自身も週末から始まるドームツアー用の新曲を二曲発表するはずだった。
「辛かったら言いなね、できるだけ俺と小島で繋ぐから」
隣に立つ小柄な女性が頭を下げた。小島は番組アシスタントの局アナだ。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
鳩中に優しく言われて、莉子は俯いたまま頷いた。
「倒れたりとか、吐いたりとかは勘弁ね」
本当だ、と莉子はますます青ざめる、それはイコール香子の汚名となるだろう。
「まもなく本番でーす!!!」
スタッフの声に、莉子は生唾の飲み込んだ。
***
尊が帰るのは、莉子の部屋だった。
鍵を開け、ドアを開けるとリビングの明かりが点いていた。開けっ放しの仕事部屋に莉子の姿はなく、煌々と明るいリビングやダイニングにもいない。
「──風呂? トイレ?」
疑問に思いつつも、尊は持ってきた弁当をテーブルに置いた。 しかし待てと暮らせど莉子は姿を見せない、念のため風呂とトイレは覗いたがいなかった。
「……ひとりで外出するなって……」
呟いてスマホを取り出し発信する、すぐ近くで空気が震えるのが判った。
「──あのな」
その発信源を探って歩き出す、莉子の仕事部屋だった。パソコンもオーディオ機器もスイッチが入ったままだった。
キーボードの脇に莉子のスマホを見つける、画面に『尊』の文字を見て嘆息する。
「何処に行きやがった?」
心配と怒りが増したが、尊にはどうしようもなかった。
*
香子は病院のベッドで目が覚める。
「……田所……? ここ何処……?」
ベッドサイドにいるマネージャーに気付いた。
「病院だよぉ、熱が40度超えちゃって、ドクターストップだからね!」
香子は思い通りにならない体で、点滴を見上げた。
「──今、何時……?」
「10時過ぎだよ」
「──馬鹿、言ってんじゃないわよ……!」
呟いて、体を起こそうとする。
「今日は特番じゃない……なんでこんなとこで寝てるのよ……!」
「大丈夫だから!」
「大丈夫? 馬鹿なの? 私の為の特番なのに、私がいないって……!」
「リコちゃんがやってくれてる!」
「──莉子が?」
途端に声が怒気を帯びる。
「社長たちが頼み込んで、リコちゃんにCaccoの代わりをしてもらってるんだ! なんとかうまく行ってるみたいだよ!」
「馬鹿なことを……!」
「え、無理です……!」
「具合が悪い話はしてある、顔のアップは撮るなとね。曲自体は莉子ちゃんも知ってるんだ、適当にやって」
しかし多少なりとも振り付けはある、それができる自信はなかった。
「イヤモニはどう?」
言われて莉子は右の耳にあるそれに触れた。バンドの曲が流れるイヤホンだ。ピンクの地にスワロスキーが散りばめられている。
「やっぱり……合わないみたいで……」
動く度に浮いて、外れそうになる。
「双子と言えども耳の穴まで同じじゃないのか。まあファンはこれが愛用品って知ってるだろうから使わない訳にはいないな、後で両面テープででも止めるか。これはずっとしてて。もし莉子ちゃんが返答に困ったら、俺か社長から指示出すから。困った時の合図は……そうだな、右手をおでこに当てようか」
「……はい」
そんな話をしている間に、MCの男女が入って来た、莉子は慌てて立ち上がり頭を下げる。
「ああ、いいよお、Caccoちゃん、具合悪いんでしょー?」
メインMCの鳩中は大物と言われる俳優だ、この音楽番組を10年も持っている。先程楽屋に挨拶に行った、橘と龍一とで本調子ではないからよろしく頼むと何度も頭を下げた。
「大変だねえ、よりによってCaccoのヒストリー番組当日に当たるなんて」
Caccoがプロデュースした歌手が10組になった記念の特番だった。その10組のアーティスト達が曲を披露し、Cacco自身も週末から始まるドームツアー用の新曲を二曲発表するはずだった。
「辛かったら言いなね、できるだけ俺と小島で繋ぐから」
隣に立つ小柄な女性が頭を下げた。小島は番組アシスタントの局アナだ。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
鳩中に優しく言われて、莉子は俯いたまま頷いた。
「倒れたりとか、吐いたりとかは勘弁ね」
本当だ、と莉子はますます青ざめる、それはイコール香子の汚名となるだろう。
「まもなく本番でーす!!!」
スタッフの声に、莉子は生唾の飲み込んだ。
***
尊が帰るのは、莉子の部屋だった。
鍵を開け、ドアを開けるとリビングの明かりが点いていた。開けっ放しの仕事部屋に莉子の姿はなく、煌々と明るいリビングやダイニングにもいない。
「──風呂? トイレ?」
疑問に思いつつも、尊は持ってきた弁当をテーブルに置いた。 しかし待てと暮らせど莉子は姿を見せない、念のため風呂とトイレは覗いたがいなかった。
「……ひとりで外出するなって……」
呟いてスマホを取り出し発信する、すぐ近くで空気が震えるのが判った。
「──あのな」
その発信源を探って歩き出す、莉子の仕事部屋だった。パソコンもオーディオ機器もスイッチが入ったままだった。
キーボードの脇に莉子のスマホを見つける、画面に『尊』の文字を見て嘆息する。
「何処に行きやがった?」
心配と怒りが増したが、尊にはどうしようもなかった。
*
香子は病院のベッドで目が覚める。
「……田所……? ここ何処……?」
ベッドサイドにいるマネージャーに気付いた。
「病院だよぉ、熱が40度超えちゃって、ドクターストップだからね!」
香子は思い通りにならない体で、点滴を見上げた。
「──今、何時……?」
「10時過ぎだよ」
「──馬鹿、言ってんじゃないわよ……!」
呟いて、体を起こそうとする。
「今日は特番じゃない……なんでこんなとこで寝てるのよ……!」
「大丈夫だから!」
「大丈夫? 馬鹿なの? 私の為の特番なのに、私がいないって……!」
「リコちゃんがやってくれてる!」
「──莉子が?」
途端に声が怒気を帯びる。
「社長たちが頼み込んで、リコちゃんにCaccoの代わりをしてもらってるんだ! なんとかうまく行ってるみたいだよ!」
「馬鹿なことを……!」