Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
「──はい」

莉子は小さく深呼吸する。

「今日はこのような特集を組んでいただきありがとうございます。改めて自分がやって来た事をこうして見てきて、頑張って来たなと感じました」

多少文言の違いはあれど、これは台本にはあった言葉。

「──だから──だから、なんか、ちょっと疲れちゃいました……今後は創作活動は完全に自粛して、歌手とプロデュース業に専念しよう……と思います」
「──え」

台本とは全く違う言葉に、思わず呟いたのは局アナの小島だ。

「おやおや、Caccoの爆弾発言だよー! どうしよう、でももう放送時間いっぱいです! また来週―!!!」

最後は鳩中のアップで番組は終了した。

「……って、おいおい! Caccoちゃん、大丈夫かよ⁉」

すぐさま身を乗り出して、莉子に迫った。

「……ごめんなさい、大丈夫じゃないです」

莉子は言って背もたれによりかかり、完全に項垂れる。

(きっと、香子が怒り出すだろうな……)

「橘くん、働かせすぎだよ! 少し長期休暇やんな!」

呼ばれて橘は頭を下げ下げやってくると、莉子の腕を掴んで引き上げた。

「早く楽屋へ……!」

まだ番組スタッフ達もざわめき、莉子の爆弾発言の処理をどうしてよいのかすら理解していなかった。
橘と龍一に挟まれ、莉子は楽屋に戻る。

「おい、莉子ちゃん! 自分が何を言ったか、判ってる⁉」

橘に迫られて、莉子は俯いて「はい」と小さく答えた。

「あーマジで、この後倒れましたって事にしよう! ツアー前に休み入れて! んで疲れからちょっと口が滑りました的な方向で……」
「まあ、親父さ」

龍一が声を掛ける。

「それは香子にやらせりゃいいさ、香子は多少のハプニングは吸収できるよ。とりあえず急に駆り出された莉子ちゃんが可哀想だから送ってくるわ」
「お? おお! 問題発言はともかく、ありがとな、莉子ちゃん、助かったよ! 穴を開けずに済んだ!」

そう言う間にも、橘のスマホが鳴り始めた、橘は画面を確認して楽屋から出て行く。

「──とりあえず送るよ。疲れたろ?」

優しい言葉に頷いていた。





音楽番組が終わり、香子は指を噛んでいた。

「か、香子ちゃん……」

田所が心配そうに声を掛けるが、聞こえていないようだった。

「──莉子……あんた……」

小さな声で何度も呟く。
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