野獣は時に優しく牙を剥く
幾日も過ぎ、給料日の日に谷から一緒に食事をしようと誘われた。
給料日の日に誘う辺り、立て替えてもらった借金返済のことや、家政婦役の賃金についての話があることがうかがえた。
ラウンジで待っていて、とメールがあり何度も通って目にはしていたエントランスホールのラウンジの方へと足を向けた。
いくら毎日通っていたからといって慣れるわけもなく借りて来た猫よろしくの状態で小さくなって腰掛ける。
コンシェルジュ岩崎からのにこやかな挨拶にも未だ慣れない。
どのくらい待っただろうか。
颯爽と現れた谷は外からではなくマンション内のエレベーターからラウンジの方へ来た。
澪より先に自宅へ戻っていたようだ。
「お待たせしたね。行こうか。」
座った状態で彼を見上げると「ん?」と小首を傾げられた。
「いえ、何も。」
言葉を濁してそそくさと立ち上がった。
たまに改めてカッコイイ人だと再確認してしまって隣に立つのが嫌になる。
今も自宅に戻ったのにスーツのままの彼はモデルさながらで自分はなんて取るに足らない人間なんだろうかと再確認した思いだった。