野獣は時に優しく牙を剥く

「澪の側にいて、澪に対しては愛おしいと思ったし、守りたいと思った。
 時間が許す限り同じ時間を共有したいと思った。
 これが愛じゃないなら俺は一生、愛が分からないよ。」

 谷の言う一言一言が心に降り積もってゆっくりと今一度顔を上げた。

「た、に、、さん。」

「澪。俺の気持ちを受け入れて。」

 手を伸ばされて今度こそ引き寄せられた。
 壊れたおもちゃのように動けない澪へもう一度谷の思いが告げられる。

「澪、好きだ。」

 切なくなる声に胸がキューッと痛んだ。
 息苦しささえ感じて自分の胸ぐら辺りの服をつかむ。

「私も愛なんて……。
 ううん、男女の愛を信じていないんです。」

「……どうして?」

「両親の仲が悪かったのもあります。」

 それに………。

 唯一、付き合ったことのある人。
 悩みを打ち明けて、秘密を見せたことがある。

 その人は恐れ慄いてそれから口をきいてくれなくなった。

 きっと谷も彼と同じ。

 だから、もう……信じたりしない。

「言ってくれないと分からないよ。」

 しばらくの沈黙がおりて、澪は決意した。

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