野獣は時に優しく牙を剥く
「筆箱と言うのかな。
中に万年筆が入っている。」
筆箱と呼ぶには重厚感あふれる面構え。
中に入る万年筆もそれはそれは素晴らしいものなのだろう。
筆箱の上品さもさることながら目を奪われたのは黄金色に輝く紋様。
その形は澪の痣と同じ蝶だった。
「ほら。座って話そう。」
「キャッ。」
抱きかかえられるように二人掛けのソファの方へ座らされて小さな悲鳴が漏れた。
谷の腕の片方は澪の体に回されてもう片方の手は筆箱を持っている。
谷は澪の痣と同じ紋様の話をしてくれた。
「俺の家に古くから伝わる言い伝えがある。
家紋と同じ痣を持つ娘と夫婦になれた者は谷家に繁栄をもたらす、と。
これは谷家の家紋だ。
どう?運命さえも俺に味方してる。」
最後はまた茶化すように言う谷の話はにわかに信じ難い。
運命……。
この痣は谷と、谷龍之介という人と会う為の印だったというの?
「あ、でもヤバイな。
そうなると俺は谷の家に戻らなきゃいけなくなるのか。」
筆箱をローテーブルに置き、片腕に抱いていた澪をも解放した谷は顎をさすって何かを考えている。