野獣は時に優しく牙を剥く
再びローテーブルに置いた筆箱を谷は複雑な顔付きで見つめている。
「俺の、、祖父は、靴を作る会社を立ち上げた人でね。
厳しい人さ。」
かの有名なスポーツ用品メーカーのはしりが靴屋だったというのは澪でさえ知っている。
裕福な家庭だったことは容易に想像できるのに、昔話をする谷の顔は晴れない。
「俺も、、英才教育と言えば聞こえはいいが、望んでいないのに靴の知識を詰め込まれた。
毎日……毎日…毎日。
俺はそこから逃げたんだ。」
彼に似合わない弱々しい声にヒュッと喉が鳴った。
「逃げ……てなんか……。
だってalbaを起業して……。」
「祖父からしたらちっぽけな会社さ。」
こんなことを口にする谷はらしくなかった。
誰よりもalbaを愛していて誰よりも思い入れがあるのは澪にも痛いほど伝わっていた。