野獣は時に優しく牙を剥く

「澪。」

 それは一瞬だった。
 いつもより心許ない谷と目があって目が逸らせなかった。

 琥珀色の瞳に吸い込まれて引き寄せられるように近づいた。

 そのまま唇が触れる。

「澪。」

 彼が呼ぶ自分の名前が切なくて胸が苦しい。

「俺の気持ちを受け入れてくれるね?」

 切ない声色は胸をつかんで離さない。

「了承……得る前でしたよね?」

 こんなこと言いたいんじゃない。

 伝えたい言葉が上手く浮かばない自分に辟易する。

「あぁ。澪のことを話してくれて俺の話も聞いても。
 変わらずここにいてくれることが答えだと思ってる。
 こんな話をしたのは澪が初めてだ。」

 弱々しく小さな笑みをこぼす彼を突き放せない。

 私自身も彼に好かれたいと思った。
 それは叶わないと知った時に涙が流れるほど強く願った。

 けれど、自分が谷のことを彼が想ってくれているのと同じだけ好きかと聞かれたら答えられない。

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