野獣は時に優しく牙を剥く
目を覚ますと目の前に男性のドアップがあり「ひっ」と間抜けな声が出た。
美術彫刻のようなまぶたが薄く開いて、また閉じられる。
「澪はいいにおいがするよ。
やっぱりお母さんのにおいはこんな風なんだろうね。」
至福な顔をさせて頬を緩ませる谷を見るとこちらも頬が緩んでしまう。
それと同時に寂しい気持ちにもなった。
「……お母さん、恋しいんですか?」
まぶたがピクリと反応したのを見て、突っ込んで聞いていい内容ではなかったことに気付く。
慌てて「ごめんなさい。変なこと聞いて」と言ったところで口から出ていった言葉は取り戻せない。
答えてくれると思わなかった質問に谷は目を閉じたまま話してくれた。
「恋しいというか、俺の母は母親らしい人ではなくてね。
澪が俺の想像上の母親そのものだったから、つい。」