野獣は時に優しく牙を剥く
澪はエレベーターの奥まで進み、入り口側へ向き直った。
彼は入り口付近に立ち、腕を組んで片側の壁にもたれている。
その後ろ姿をそれとなく観察する。
点灯している階が記された数字は55階。
他の数字から推測すると最上階だ。
ここまで会社からタクシーに乗る時もずっと谷についてきた。
彼がどこかに連絡する素振りはなく、ここまで厳重なセキュリティをなんなく通過した。
それはこのタワーマンションの最上階こそが彼の自宅だということを物語っていた。
気怠げな姿さえも気品があるような彼にこの場所は似合っている。
会社を起業するハングリー精神の塊。
反骨精神でここまで来た。
そう感じることもままあるのだけれど。
彼を表現するには、どれも似合わない。
そこはかとなく漂う上品さ、育ちの良さは身に付けようと思って身につくものではないと思う。
彼は容姿の良さも相まって、どこか遠い国の王子様だと言われても信じてしまいそうだ。