野獣は時に優しく牙を剥く

 澪はエレベーターの奥まで進み、入り口側へ向き直った。

 彼は入り口付近に立ち、腕を組んで片側の壁にもたれている。
 その後ろ姿をそれとなく観察する。

 点灯している階が記された数字は55階。
 他の数字から推測すると最上階だ。

 ここまで会社からタクシーに乗る時もずっと谷についてきた。
 彼がどこかに連絡する素振りはなく、ここまで厳重なセキュリティをなんなく通過した。

 それはこのタワーマンションの最上階こそが彼の自宅だということを物語っていた。

 気怠げな姿さえも気品があるような彼にこの場所は似合っている。

 会社を起業するハングリー精神の塊。
 反骨精神でここまで来た。
 そう感じることもままあるのだけれど。

 彼を表現するには、どれも似合わない。

 そこはかとなく漂う上品さ、育ちの良さは身に付けようと思って身につくものではないと思う。

 彼は容姿の良さも相まって、どこか遠い国の王子様だと言われても信じてしまいそうだ。

< 15 / 233 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop